かげふみ15

一睡も出来ないまま、朝日に照らされた窓の外を見る。

お隣はもう誰もいない。そして有花ちゃんの部屋もカーテンが閉まったままだ。窓の下を見下ろすと、思いがけない光景が飛び込んで来た。

お隣の荒れた庭が、向日葵の咲く庭に変貌している。朝日の方を一心に向いて咲く向日葵。有花ちゃん達家族の笑い声が聞こえて来そうだ。

私は階下に降りた。
父と母を探した。

キッチン
居間
風呂場、トイレ
父の書斎
父母の寝間

何処にも2人の姿は無かった。

そして改めて実感した。2人は旅立った事に。

キッチンのテーブルに、貯金通帳と認印が置いてあった。

2人は娘に別れを告げることなく旅立った。
私の目から大粒の涙が流れる。
「酷いよ!何も言わずに行っちゃうなんて!」
私は更に大声で泣き叫んだ。

ひとしきり、泣いたら、なんだか涙が出なくなった。
「あなたは強い子。だから、大丈夫!」母の声だったのか、私の独り言だったか、分からなかった。

涙を流したおかげで気持ちは落ち着いた。
家族は、バラバラでも、心は繋がっている。私は顔を洗い、トーストとパンを食べ、荷物をまとめた。

この家に戻って来ることは、もうないのかもしれない。一応冷蔵庫の中のものと食べられそう常温保存の食材は、箱に詰め宅配便で送る。

あらかた片付けられるところは片付け、ブレーカーを落とした。シーンと静まり返った家を出ると、蝉が大合唱を奏でていた。

お隣の庭を見る。

先程の向日葵は幻影だったのだろうか?荒れた庭があるだけだった。

あれは父と母の旅立ちを表した私の心のマボロシだったのかもしれない。

それぞれの道を歩んで行く。

私はまた大学に戻り、最後の試合までボールを追いかけた。

数年後、私は、教師になった。何年も講師を続けてようやく。

赴任先は、偶然にも、私の母校だった。

春先に、私は実家に戻って来た。

お隣の家は、壊され空き地になっていた。

私は、自分の家の前に小さな花壇を作った。そして、向日葵の種を埋めた。

新緑の頃の柔らかい陽射しに、向日葵の芽が出た。

真夏になればきっと大輪の花を咲かせてくれるだろう。

私は今、生徒達と泣いたり笑ったりの毎日を送っている。

光と影の、狭間を精一杯生きている。

(○・ω・)ノ----end-----

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今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。