青い糸
「聞こえますか?」
「聞こえてるよ」」3m先のあたしの声を必死に捉えてくれたカズ。
あれはまだ小3の頃だった。澄み切った青い空。
お酒好きな父親は、酔うと私を、殴る。
母は、そんな父の言いなりで子供が酷い目にあっている中、見て見ぬふり。
私は父が酔う前に外に出るのが習慣になった。
上を見上げれば青一色の空。海岸沿いに歩き、テトラポットが並ぶ場所に行くと、いつもカズが、その上に座ってリコーダーの練習をしていた。
カズは、幼稚園からの幼なじみ。ずっと一緒に、過ごす時間が長かった。しかしもうすぐそれも終わる。カズの両親が離婚して、カズは、父親と共に、アメリカに行くことになっていた。米軍基地に近い街、
カズは、父親似の黒い肌。日本の学校に馴染めず、いつもクラスで浮いていた。しかし私はそんなカズにいつも助けられていた。父親に殴られて顔を真っ赤にして
海岸線の道路を泣きながら走ると、テトラポットに乗るカズに遭遇する。
あの時は、まだ子供だった。しかし、大人になって漸く分かった。偶然カズはそこに居た訳では無い。あたしが来るっていうのを分かってて、わざわざそこに待っていてくれてたということを。
カズが、アメリカへ旅立つ2日前。
いつもと同じテトラポットの上でリコーダーを吹く。
その時その曲がなんという曲だったのか知らなかった。切ない静かな旋律。
何故か泣けて泣けて、潮風混じりの涙が頬を伝った。カズは、リコーダーを吹くのをやめて、紙袋から紙コップをふたつ出した。紙コップには長い糸が付いていて、2つの紙コップを繋いでいた。「糸電話。知ってる?」
私は首を横に振る。
カズは、オーノーと、大袈裟なリアクションをした後糸電話の原理を詳しく説明する。
「僕、はなに伝えたいことがあるんだ。だけど2人だけの秘密にしたくて、これなら小さい声でひそひそ話できるだろ?」
「ひそひそ話ってここ誰も居ないじゃん。でも、たのしそう!カズとももうすぐお別れだから、糸電話ひそひそしよ!」
紙コップの片割れを渡された。テトラポットの端に行く。カズも同じく、紙コップを持ち糸がピンと張るところまで飛び跳ねる。青い糸で繋がった糸電話が完成した。
カズは、口に紙コップを当てる指示を出し、何か言ってと、紙コップを当てる。あたしは、恐る恐る声を出す。
「聞こえますか?」小声でそう言::うと、即座に耳に紙コップを当てる。
「聞こえてるよ。」カズの優しげな高い声が耳に響いた。
3m先のカズに、視線を送る。カズは、口に紙コップを当てたままでだった。
「会えるのは、今日で終わりだよ。僕は、ずっとはなが好きだった……だから、今、約束したくて、でも、顔を見て言うのは恥ずかしいから、糸電話を作った。今から言うことよく聞いて!」
彼の視線を感じる。3m先彼に向かって大きくうなづいて見せた。
紙コップを耳に当て直す。
「はなは僕のこと好き?」突然聞かれて、顔が熱くなった。
あたしは、紙コップを口に当てる。そしてカズが耳に紙コップを当てるのを確認した。
「好き」そういうのが精一杯だった。
3m先のカズは、あたしを見つめ満面の笑みを浮かべていた。
紙コップを再び耳に当てる。
「僕は、アメリカに行く。でも、はなのことずっと好きでいる自信ある。もしはなも僕のことずっと好きだったら、10年後この場所でこの時間会おう!」
「わかった。」あたしは一言そう答えた。紙コップに付いた青い糸を半々に切り、お互い持ち帰ることにした。
もしまた再会した日のために、目印として持っていよう。
あたしは、紙コップを箱に入れ机の引出しに大切にしまった。
あれから10年、あたしは、色んなことがあった。母が、父に愛想尽かし、うちを出ていった。父は、酒浸りになり、あたしへの暴力は、エスカレートしていった。しかし、その天罰か、あたしが中学3年の冬、酔っばらって海に転落し、通りかかった人に助けられたが、病院に搬送された時には息を引き取っていた。
あたしは、涙一つ出なかった。あたしは、やっと地獄の日々から解放されたと内心ホッとしていたのだ。こうして、あたしはひとりで生きることになった。中学を卒業し、住み込みで働ける仕事を探し、看護助手として病院に勤務することになった。肉体労働。下の世話が看護助手の仕事だった。しかし、そこに入院する患者さん達は「ありがとう」と笑顔で接してくれた。だから、あたしは少しずつ心が満たされて行った。今年あたしは19になった。
看護師寮に看護師ではないが住み込みさせてもらったお陰で、少し貯金が出来た。その貯金であたしは、アパートを借り引っ越すことにした。
荷物を片付けていると、押し入れの隅にホコリまみれの箱を見つけた。ふたを開ける。紙コップの底に青い糸。
10年前の約束。確か7月20日。
あたしは悔し涙を流した。
今日は、7月21日。
カズに会いたかった。しかしもう日は過ぎていた。子供時代の約束なんて、もうカズも忘れているだろう。
私は、テトラポットの上にいた。傍らに青い糸の付いた紙コップ。
青空の彼方に飛行機が飛んでいた。あたしは、紙コップの傍らに口を当てた。
「あたしの声聞こえますか?」
繋がるはずのない言葉を発する。
波飛沫が、テトラポットにあたって、あたしの顔まで濡らした。いや、これはあたしの泪。
波音の合間から
「聞こえてるよよ。」幻聴で頭がおかしくなったかと見上げれば、背の高い黒い肌の外国人、
あたしは目を丸くする。彼は紙コップの片割れを手に持っていたから。
「ごめん。まさかほんとに約束覚えているとは思わなかった。ほんとは昨日が約束の日だったんだよね。」
「僕は、ずっとおぼえてたよ!でもさ。アメリカと日本の時差があったのことずっと知らずにいた。だから、お相子さ。はな、とっても綺麗になったよね。もしかして彼氏いる?」
私は思い切り頭を横に振る。
「カズがいなくなった後色々あった。母は出て行くし父は死ぬし、ひとりで頑張って行こうって決めて今、人間は、ひとりで生きることが出来ないって気づき出したとこ。」
「はなも色々苦労したなぁ。俺は父親について、アメリカに行った。言葉の壁、人種差別。まぁ色んなことがあった。ても、はなとの約束を糧に、今、俺はいる。俺は今でもはなが好きだ。」
照れ笑いの中に真剣な瞳の彼。
「俺さぁ父親と、同じ米軍になったんだ。近々この町に配属される。はなの気持ちが聞きたい。」
「あたしは、生きることに精一杯だった。だから、あなたのこと忘れていた。だけど今日会って思ったんだ。もっとあなたと話したいって紙コップ越しじゃなく、直接目と目を合わせてね!」
言葉が終わるか終わらないうちに、ふわっと身体にを引き寄せられた。
「はな、約束覚えていてくれてありがとう。僕も、はなのこともっと知りたい!そうもう、糸電話は、いらないよね。」
あたし達は、お互い紙コップを、海に向かって投げた……
この先は、お互い心の糸電話の青い糸で
繋がっていく。
夏のはじまり何処かともなく「yesterday」。を奏でるリコーダーの音が流れてきた。
今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。