見出し画像

夜の学校

うちの通った高校には、修学旅行という普通は一大イベントとなるはずの、学校行事がない。

うちに通う生徒たちの殆どが何かしら問題を抱えて、集団で違う所に移動するなど困難を極める生徒が多数派を占める。

だから、

その代わりに、「夜の学校体験」という1泊2日のお泊まり行事をやる。

これは、夕方の6時に学校の門をくぐると、朝8時まで、学校の外には、出られないというルール。後はデジタル機器は一切持ち込み不可。それ以外は学校内で何をしても良い。

私は極普通の子供だった……しかし、ある時点から、何故かいじめにあって中学時代は家に引きこもり状態だった。唯一の私の特技は、耳コピでピアノが弾けること。私はYouTubeで、お気に入りの曲を見つけては、次々弾いて、毎日を過ごす。

それ以外は、自分の部屋にこもったままだった。

中3になっても、引きこもりは変わらず、

なんとかしたい両親たちは、今の学校を見つけて来たのだ。そこは、普段の日も、時間割もない。あるのは、だだっ広い部屋の真ん中に、大きなテーブルがあり、そのまわりを囲むように、棚がグルンとあり、本が沢山並んでいる。生徒は、一学年30人3つのクラスに別れていた。各部屋は各生徒の興味に合わせていた。

私の部屋には、グランドピアノが、部屋の真ん中にあった。後はデジタル機器や、ギターなどがあった。

テーブル席は、隅に置かていた。

ただ少し大変なルールがあった。クラスで、何か一つだけ。協力し合い、何かすること。その何かは、何でもよかった。例えば、誰かが歌詞を作り誰かが曲を作って、みんなでうたう。その課題を2年の夏のある日の夜の学校体験で、煮詰め、次の日朝から発表する。

後の高校で本来すべき科目は、生徒の自主性に任せて、学年末に簡単なテスをして、わからないとなると、春休みは、毎日学校に通う羽目になるだけだった。

この学校の方針は、次のステップに進む通過点に過ぎない。まぁ普通の高校でも同じだけど。

できる限り自主性に任せ、ちょっと大変になったら、アドバイスをする。

私にはこの学校があっていたらしい。

ピアノが弾けることが一番の楽しみだった。

しかし、私以外でもピアノがが好きなひとが、私を含め3人いた。だけどそれぞれタイプが違っていて、クラッシック専門の涼が飛び抜けてうまい。

後は私と同じく、耳コピで、なんでも引ける千奈美。そして私。

三者三葉弾き方も違っていて、私には、刺激的だった。

2年の夏のある日。「夜の学校」が解放される日が来た。

各クラスで、協力し合い、ご飯を作り、食べる。メニューは、生徒で決めるが、だいたいカレーに落ち着く。

その後は、各クラスの課題を本格的なものに煮詰めていく。

あらかじめ、オリジナルの曲を作ってピアノとギターで演奏し歌う事に決まっていた。

ギターは、アコギで素朴な感じにしようと話し合った。ピアノが弾ける私達はそれぞれ譲り合ったが、腕の確かな涼に、任せた。

作詞は、毎日Twitterに発信している香。作曲は、アコギ担任である悠斗。

のはずが、まだ歌詞も曲も出来てない。

「なんだよ!お前ら、しっかりやってたんじゃなかつたの??」

「やってたよ!でも、歌にする歌詞って難しいの。流れるように作らないとダメでしょ!」

「作曲も、歌詞がないとイメージ浮かばなくてさ。」

「じゃあ、どうするの?」

「うーん。」貝のように口を噤む。一瞬の静寂の後、

「もうさぁ、既存の曲にしない?じかんもないし。」

リーダー的存在の、晃の一言で、今度は曲選び。

「あのさぁ、誰でも知ってる歌にしない?」

「この際ベタだけど、糸とか、手紙とか」

「でも少し在り来りすぎるよ!」

「じゃあ、どうするの?」

その時、部屋の隅に座る見知らぬ子が、

「アイスクリームのうた」

とても小さい子供だった。「誰?なんでこんな子供がいるの?」

みんな一斉に彼女に視線を集中する。

「私は、この学校が、建てられる前にこの地区に住んでた娘なの。あの世に行きそびれた幽霊って事。」

「え〜!だってちゃんと見えるよ。」

「それは夜の学校だから。私は一応大きな御屋敷に住むお嬢様だったの。あの頃には、珍しいバニラアイスが、おやつによく出たわ。アイスクリームは専属コックの手作りだったある日私の父親の会社が潰れて、父親は、随分ずるいことしてたのね。うちに火を放たれたの。広い御屋は、瞬く間に火に包まれて、私の部屋も火の海になった。私の他の家族はなんとか外に逃げ出せたのに、私は置き去りにされたの。それ以来ずっとここに居るのよ。でも、出てきたのは、今日が初めて。学校の隅で生徒達を見守ること100年あまり。昔この学校は、スパルタで有名だったの。それがある時そのスパルタで生徒を自殺に追いやってしまった。その時の、反省が、今の学校に生まれ変わったってわけ。」

「アイスクリームのうた聞いたらあの世に行ける?」恐る恐る私はきく。

「わからない。でも、もうそろそろあの世に行きたい。やっぱり家族に会いたいもの。」

なんとかしてあげたくなった。

「みんなでアイスクリームのうた歌わない?」

「この子の言うことほんとかどうかわからない。でも、みんな聞いたよね。この子の声。」

「よし!歌おう。」

晃が立ち上がった。

「ところで、みんな知ってるの?」

「うる覚えだけど何とか!」「保育園の時歌ったなぁ」みんな口々に喋った。

とりあえず、YouTubeで、確認しようとしたけれど、スマホも、パソコンも今日は、ない。

とその時、香が、可愛い声で歌い出した。

「おとぎ話の王子でも、昔はとてもたべられない。アイスクリーム〜アイスクリーム」

「うわぁー香、声綺麗。」

それに合わせるように、アコギで伴奏する悠斗。

それにつられるように、みんなで声を合わせた。

中々いい感じ。

「これにピアノ伴奏もつけよう。」と晃。

「俺歌う方がいいわ。」涼は早々に辞退。残った私と千奈美は顔を見合わせる。「伴奏なら由良の方が上手いよね。」「いやいやそんな。私うる覚えだし、自信ないよ。」「私も同じだぁ。」私と千奈美は、笑いあった。

結局、連弾しようということで落ち着く。夜明けまで数時間……みんなで何度も練習し、何とかものになった。

徹夜の後、パンと牛乳が配られた。それを食べ、最後の練習をする。

多目的ホールで、それぞれクラスの発表が始まる。みんな徹夜したらしく目の下にクマができていた。

私たちは立ち上がった。それぞれ配置に着く。「アイスクリームのうた」が、多目的ホールに高らかに響き渡る。

あの子はあの世に行けただろうか?

朝日を浴びた多目的ホールには彼女の姿は見えない。

しかし、耳の奥で

「ありがとう!」と聞こえたような気がした。他のメンバー全員同じだった。

朝日は、どんどん上り、解散の時間を迎える。夏の暑さの中、爽やかな気持ちだった。

この記事が参加している募集

スキしてみて

今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。