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妻の夏休み

妻は、テーブルの上にちょっぴり豪華な朝食を作ってあった。

いつもは味噌汁とごはん、海苔の佃煮がある質素なものだったのに、

今朝はそこにアジの開きが付き、4つ折りにされたコピー用紙が添えられていた。

「7日間家を空けます。私の夏休みです。あなたが、コロナでうちで仕事をするようになり、私のプライベートは減りました。少し息抜きする時間があっても罰は当たらないでしょ!毎日あなたにご飯をつくり続け、たまに要らないとすっぽかされても文句ひとつ言わず、あなたのいない昼には残り物でご飯を済ます。あなたは真面目な人です。でも、今まで一度も何処かに行こうとかしなかった。私の好きなことを知ってますか?どんな趣味があるか知ってますか?私は、子供の頃見た、天空の城ラピュタが、いまでも好きです。日本にも幻想的な光景があることを知りました。私の夏休み勝手ながらいただきます。7日間の食事は、申し訳ありませんが、自分で用意してください。何も相談なく休みにすること許してください。もし許さないと言うのなら、私は、夏休みが、終わったあとこの家出ます。」

最初読んだ時には激怒しか無かった。汗水垂らして働いて家族を養ってきたつもりだった。最近はテレワークでのかいぎが多く、自宅勤務で、ずっとうちに居た。だから、妻は俺がどんな仕事をしているか少しは理解してると思っていた。

時間が経ち、少し冷静な判断ができるようになった。夏休みか。確かに、俺には毎年夏休みが、あったが、家でゴロゴロするだけだった。子供のいない夫婦に、話題らしいものもなかった。

妻の趣味、好きな物、今になって分からない自分が、情けなく思えた。

見合い結婚。真面目で器用そうな所を気に入ってひと月のお付き合いを経て結婚した。性の相性も良かったが、子供を授かることがなかった。

結婚した当時は、休みに時々食事に出かけた。しかし、それは、俺が、オシャレだと思う場所だった。もちろん妻は喜んでくれたが。

そのうち会話らしい会話もしなくなった。

妻はジブリが好きだったと、彼女の部屋をみてようやく気がついた。

「天空の城ラピュタ」

俺も遠い昔見た事があった。しかし何十年も前のこと。どんな話だったか、記憶の糸は途切れたままだ。とりあえず、妻の部屋にあったDVDを観てみる。

何故か夢中になっている自分がいた。そして、妻がテレビに見入っていた姿を記憶の引き出しからひっばり出したのだった。

それは、兵庫県にある城跡。雲の上の幻想的な光景が妻を釘付けにしていた事を……

しかし俺は見て見ぬふりをしてしまった。

もしも、あの時、「ステキな場所だな」など気の利いた事を言えていたなら、今の状況は変わっただろう。

夫婦間にコミユニケーションらしいものが不足した当然の結果が、今だった。

俺は妻のスマホにメールを入れた。

電話だと出ない気がしたから。

「俺も、佳奈美の夏休みに付き合えないか?今、分かった。もっとしっかり会話するべきだった。佳奈美の行きたいところ、竹田城跡だよなぁ。俺も連れて行ってくれないか?」

数時間後、ガチャっと玄関のドアが開く音が聞こえた。俺は玄関先に、走っていた。

ボストンバッグひとつ持った妻が、俺を見るなり、涙を流す。

「夏休み、一緒に満喫しましょう。」


雲海が、城跡をおおっている。

遠い昔、あの場所に、立派な、城があった。

今、俺達は、その城でどんな暮らしがあったか?語り合う。

妻は、少女のような瞳で話す。

俺は今、漸く妻の心の中を覗いた気がした。


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