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私の鞄の中には、いつも折りたたみ傘が入っている。

最近の天気の変化の激しさは、傘を持って出かける習慣を私につけさせた。

今日もまた、炎天下の中、汗を拭きつつ仕事場に向かう。

もう、ワイシャツは、汗で濡れている。アスファルトの道路を歩くのは、熱中症対策が必要だ。などと思っていたところ、雲行きが怪しい。そのうち、ゴロゴロ雷鳴が聞こえだし、ポツポツ雨粒が顔に当たる。

そのうち、ポツポツが、どんどん大粒の雨になった。ここで傘の登場。

ところが、傘を出して差した途端、スっと誰かに傘を持って行かれた。

スーッと流れる風のごとく私の傘を持っていく後ろ姿。

「か傘ドロボー!」と叫ぶが、雨音で消え去る私のこえ。

その時、後ろから誰かが私の頭に傘を差す。

「酷いやつですなぁ」

散歩中の、隣の家に住むおじさんだった。「すみません、私ちょっとぼーっととしてて。」

「謝ることはない。悪いのは人のものを取って行くやつだから。しかしこのままでは仕事場に行けないだろう。僕の傘を持って行きなさい。」おじさんは、スっと傘を私に手渡し、足早に去っていった。

仕事帰りは、夕陽が、眩しい。おじさんのおかげで、ワイシャツは、少し濡れただけで済んだ。

仕事帰りに、傘のお礼にくず餅を買って隣の家に向かった。

だが、しかし、隣の家は、もう誰もいなかった。

うちに帰り、母に今日の朝の出来事を話す。

母は、躊躇っていたが、

「あのおじさんね、以前から具合が悪くて、入院中なの。」

「えっ!」

じゃぁ朝のは何?

おじさんは、小さい時よく遊んでくれた。そして、雨が降る度に傘をさしてくれた。

最近、散歩するおじさんの姿をみかけなかった。私も成長と共に、挨拶程度の関わりだった。

きっと、そんな私をいつも見守ってくれていたのだ。

数ヶ月後、おじさんは、天国へと旅立った。あの時のおじさんは、私を心配するあまり、魂だけ飛んで来たのかもしれない。しかし、おじさんの傘は今、私の所にある。


この世の摩訶不思議な現象は、愛という名のもとに成り立つのかもしれない。

雨が降る度に、私は、おじさんを思い出し、傘をしっかり握りしめた。






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雨の日をたのしく

今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。