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向日葵の咲く丘に

君はもう忘れちゃっただろうか?お互いが、落ち着いたら一緒に暮らそうと話した事を。

俺は今、そんな状態ではない。しかし、ふと思い出したのだ。

キミは微笑んで、

「私の宝物が私のものでなくなったらね。」と言った。

宝物とは、ひとり娘の事だ。

風の噂で、好青年と幸せに暮らしていると聞いた。君の宝物が輝かしい未来へ旅立った。

君はもう君自身の人生を歩む権利を得る。

しかし、俺は余命半年の宣告を受けた。医師からやりたいことがあるなら今のうちにやるようにと言われた。

向日葵の咲く丘に、1人で登った。

あの日、君と語り合った思い出の場所。大輪の向日葵が規則正しく列を作る。

花の横を通り過ぎ1段上がったところで座り込んだ。

俺には、もう何も無かった。家族は俺の前から次々といなくなった。妻にも子供たちにも捨てられた。

俺はただ仕事一筋だった。真面目で一生懸命に働くことが、家族のためだと信じていた。しかし、気が付けば、家族は俺の気持ちを理解していなかった。俺はただ家族を守りたい一心だったのに。

「愛のない暮らしに疲れた」と、妻に言われ、「私にはパパがいなかった」と娘に泣かれた。

そして1人になった。

君との出会いは、雨の日だった。突然降り出した夕暮れ時の夕立にぼんやり空を見上げる君。何故か、昔からの知り合いのような気がしたから、

「あの、良かっらこれ使ってください。」と、折りたたみ傘を君に渡そうとしたら、「大丈夫です。」と思い切り警戒された。

「この雨、しばらく止みそうにないから。この傘もう要らないから返す必要ないし、どうぞ!」君は、まだ警戒していたが、

腕時計で、時間を見て、

「子供を学童に預けてるので、ご好意に甘えます。しかし、傘はお返ししますから、明日この時間にお会いしましょう。」彼女は、傘を広げると足早に去って行った。

翌日、同じ時間に同じ場所に行く。駅前で、君は、待っていた。

「昨日は助かりました。」小さな紙袋を俺に渡す。

「何かお礼をと思ったんですが、時間が無くて、気持ちだけです。」中を見ると、俺の傘と向日葵の刺繍の入ったガーゼ素材のハンカチが入っていた。

「時間が無くてあまり上手く出来なくてごめんなさい。ハンカチもうちにあった使ってないものです。汗のかく時期だから、ガーゼ素材が肌触りいいですよね!」苦笑いする君に、俺はびびびときた。

「家族は、子供さんだけですか?いやー変な意味じゃなくて、学童に預けてるって言ってたから。」

言い訳がましく聞こえたかもしれない。が、君は、笑顔で、「10歳になる娘と2人暮らしです。」

どうやら母子家庭のようだった。

「大変ですね。」君は、笑って「娘がいるから頑張れるんです。」と、笑って答えた。

そんな君の笑顔が俺の心を虜にした。

この先、俺たちは毎日のように帰る時間に会うようになった。ただ数分言葉を交わすだけ、それでも俺は幸せだった。

それが彼女から誘われたのだ娘は、祖父母とデートに行くので、どこか行きませんか?と。

思い切り汗が流れた。

そして、ポケットからハンカチを取り出し汗拭う。

「それ、使ってくれてたんですね!嬉しいです」あの日もらった時以来お守のように、ポケットに入れていたのだが。

コレを見た瞬間、向日葵の咲く丘に行こうと提案した君は笑顔で賛成してくれた。

翌週の休みは、とても暑い日だった。

近くの駐車場に車を停めそこから、ひたすら丘を登る。丁度身ごろだった。

沢山の種類があり、背丈の高いのから低いのまで様々だった。

君は目を輝かせる。
向日葵の中を走り回る少女のように。

そして2人は丘の上で並んで座った。君に思いを伝える。
君は恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめた。しかし、その後真顔で、
「あなたが好きです。でも、私には大切な宝物があります。その宝物が私のもので無くなるまで待って貰えませんか?あの子の幸せを見届けたあと、私をあなたの宝物にしてください。」

あれから、15年の月日が流れた。

相変わらず、俺たちは他愛のない会話を繰り返す日々を送っていた。

しかし、君はある日から、俺の前に現れなくなった。仕事を変えたのが理由だった。

俺は、もう58。あと数年で定年だ。そんな時、健康診断で異常が見つかったのだ。進行の早い胃がん。余命半年の宣告。俺は呆然とした。
仕事は、その後すぐ退職した。退職金で、治療するか迷ったが、治療はせず、やりたいことをやろうと決めたのだ。

俺のやりたいことって何だろうか?
と考えると、君の笑顔が頭に浮かぶのだ。

君に貰ったガーゼ素材のハンカチは、まだ肌に離さず持っていた。

夏の日差しの中丘の上に立つ。さんさんと降り注ぐ太陽の光の中を、君によく似た女性と背の高い白髪の男性が、並んで歩く、その姿は長年連れ添った夫婦のように見えた。

大輪の向日葵の中に隠れ見た。歳を重ねシワができていたがやはり君の優しい笑顔があった。

俺はただ2人を避けるように丘を下りる。大輪の向日葵をくぐり抜けて

あの世へ行くまでの半年。俺は空虚の中を彷徨う。

大輪の向日葵
花言葉「偽りの恋」

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今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。