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『白日』 作者: 北方謙三

私が初めて読んだ北方謙三の小説。今でこそ『三国志』や『水滸伝』などと言った『中国歴史小説のアツいヤツ版』の作家になっているが、元々は『逃がれの街』『友よ、静かに瞑れ』といったハードボイルド作家として鳴らしていた。
何故現代劇から身を引いてしまったのかというと、男の浪漫みたいな物語が通用しないというか、描きようがない世の中を痛感してしまったからだろう。ハードボイルドが嘘っぽく見える現代に対峙した時に、では過去の男たちに頼るしかないと考えた訳だ。確かそんなことを読んだか聞いた気がする。
本作はハードボイルドと歴史小説を並行して書いていた頃の作品らしく、1999年に刊行されている。そしてその内容は、暴力的なものでもなく、拳銃が登場するでもない。遁世した或る男が、捨てた過去の自分へ再び向き合う物語だ。

地方の漁港の近く、街外れに小屋を建て、他人とはあまり馴染むことなく一人で暮らしていた大津京介は、この五年間を漁師として過ごしていた。四年程前から始めたルアー作りも最初は自分用としてのもであったのだが、いつしか釣りファンの間で評判になりバックオーダーを抱える程になっていた。
酒、料理といった日々の来たし方やルアー作りと漁、それら大津の生活を追う文章は極めて端的だ。そして、五年前に世間から身を隠した大津は全てに於いて投げやりに見える。あまりにも執着の無いその姿にはやや辟易させられる。
岩場を挟んでやはり一人で暮らす様になった年配者、ルアーをしつこく買い求めにやってくる男、大津の過去を知っていると言い、訪れてきた三十代前半の女など、大津に携わる人物たちが増していくにつれて、大津の毎日に変化が生じていく。
そして、大津はルアーとは異なるものを作りだすのだった。

事件性のある事柄は一貫して起きることは無い。だが、一人称で表わされる大津の心情や描写、それぞれに怨念を抱えた登場人物たちとの思念の遣り取りには緊張感がある。
スリリングとも言える面白さを作者の筆力がもたらしてくれるのだ。


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