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「ご理解とご協力」への違和感〜ひったくり編〜

ある日の買い物中、ふと流れたアナウンス。
それは、ひったくりから身を守るための術を紹介するものでした。

鞄は、車道側ではなく建物側の手に持つ。
車道から距離を置いて歩く。
自転車のカゴには、ひったくり防止カバーをつける。
など、啓発のアナウンスの後に、こんな一文が。

「ご理解とご協力をお願いします」


……んん???
と、ここで私の脳が違和感をとらえました。

いったい何に「ご理解とご協力」をお願いされたのでしょう?


日本でよく聞く「ご理解とご協力」。
和を乱さないようにお願いしますね、という意味合いで使われることが多いのかな、と個人的には思っていました。

たとえば、映画館や演奏会では携帯をマナーモードにしましょうとか、電車では乗る人より降りる人を先に通しましょうとか、そういう場所で使われるならわかるんです。
こういうのって、別に守らなかったら逮捕されたり罰則を受けたりはしないですよね。でも、みんなで守ったほうが、お互いが気持ちよくいられて、物事が円滑に進む。
社会のルールというかマナーというか。そういうものに「ご理解とご協力をお願い」されるのなら、私はなんとなくわかるんです。


でも、ひったくりに遭わないための方策に、「ご理解とご協力をお願い」されるのは何か違うような気がしたんですよね。

確かに、アナウンスの内容を実践すれば、ひったくりに遭いづらくなるのだと思うので、それは良いんです。私も気をつけよう、と思います。

でも、ひったくりって、窃盗で、犯罪ですよね。
これって、ひったくりをやった側が悪いんじゃないでしょうか。
ひったくりに遭った被害者に対して、「あなたにご理解とご協力が欠けていたのが原因です」とはならないはず。

(なお、ここではひったくり犯の個別の事情、たとえばそれをしなければならないほど追い詰められた過去や生活状況があった、などということは鑑みません。あくまでひったくりという行為に注目しています)


では今回のアナウンスが求めている「ご理解とご協力」は、何に対するものなのか?

この街の治安を守るためとか、ひったくりが起きにくい社会をつくって警官の負担を減らすためとか、そういう「住みよいまちづくり」に「ご理解とご協力をお願い」されたのだろうか。


……なーんて、そんなことを悶々と考えたある夜。


昨今「ご理解とご協力をお願いします」なんて、あまりによく聞くフレーズなんで、実は大した意味はないのかもしれません。
ビジネスの最後に言う「よろしくお願いします」みたいなもので、一種の締めの挨拶に過ぎないのかも。
「これで話は終わりです」みたいなものなのかも。


日本はいろいろなことを「お願い」される国です。あまりにたくさんお願いされるのも疲れてしまうよ、と思うのですが、はて、これは気にしすぎなんでしょうか。

言葉の力が失われてしまわないよう、丁寧に言葉を選んでいきたいものです。

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