カスのミステリー、カステリー カスのサスペンス、カスペンス

新幹線が東から西へ進む。
その車内で二人の会話だけが響いている。
「そういえばお前はこういう出張みたいなのは初めてだよな」
慣れた雰囲気で話しかけたのは粕手 利一(かすて りひと)、警視庁の広域捜査部一見不可解邪内課に所属する元探偵の経歴を持つ刑事だ。
「そうですね、昨日の夜に突然言われてびっくりしましたよ」
そう返したのは加須 片洲(かす かたす)、半年ほど前に何らかの前職も持つ人ばかりの広域捜査部に配属された、この課初の新卒の刑事だ。
「それにしても何の情報も伝えられず大阪に行けなんておかしいですよね」
「しかたないんじゃないか。情報の漏洩を防ぐためとかいろいろ理由があったはずだが」
「そうですけど……でも概要ぐらいは」
そんな話をしていると東京駅から新大阪駅までの1時間10分はすぐに過ぎ去った。
そして待ち合わせ場所に行き、二人で少し話す。
「どうも初めまして」
加須と同じくらいの年齢の男性が声をかけてきた。二人が振り返るのを確認してこう続けた。
「あっ、自己紹介がまだでしたね。大阪府警の大逆手 志田端(おおさかで したは)です」
「警視庁広域捜査部一見不可解邪内課の粕手だ、よろしく」
「同じく一見不可解邪内課の加須です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。ささ、車へどうぞ」
その車中で事件の話を始めた。
「早速だが事件について教えてもらえないか」
「うーん、もともとこの事件の担当ではないので詳しくは知らないのですが、不可解な殺人事件ということはわかっています」
「えー、ほぼ何もわかってないじゃないですか」
加須は不満をこぼした。すると申し訳なさそうに
「すみません。まあ一緒に調べていくということで…ところで僕はあまり一見不可解邪内課について知らないのですがどういった課なんですか」
大逆手は少し無理に話題を変えた。
「それはわたしが説明します。簡単に言えば個人が起こした複雑化、巧妙化した事件を捜査する広域捜査部のうち、特に整合性がとれないものを捜査する課です。」
慣れた感じで加須が説明した。
「まあそんなもんだ」
粕手は適当に返した。大逆手の計略は成功裏に終わった。
府警に着いて案内されるがままに資料室の前まで来た。
「長狩手上警視正、言われた通り連れてきました」
「おう、ご苦労」
優しそうなおじさんが大逆手をねぎらった。
「お久しぶりです」
いつもよりは少し丁寧に粕手が挨拶をした。
「わかっとる。いつも通りで、連絡は大逆手に」
何度も仕事したことがあるかのような雰囲気で手短に言ってそのまま長狩手上は去った。
「今のお方は?」
加須が粕手に尋ねた。
「長狩手上 司(おさかでのうえ つかさ)、大阪で有名な凡警官だ」
それを聞いて大逆手はそうじゃないんだけどなといった笑顔を浮かべながらなにも言わなかった。

資料室に入ってこれまでの捜査について調べ始めた。
「それでは説明させていただきます」
大逆手が奥でコピーした資料を配って説明を始めた。
それを加須は熱心に聞いている。
俺はそんな二人を半ば無視しながら資料に目を通し始めた。
被害者の名前は面糠 零太郎(つらぬか れいたろう)、33歳の会社員。
8月28日の夜、リモート会議の休憩時間が終わり、映像が戻ったとき先を尖らせた木で貫かれていた。リモート会議は7時から始まって8時に休憩に入ったらしい。8時15分には先ほどの状況になっており、すぐに警察に連絡した。そして29分には警察が到着した。警察が来た時、家の鍵は開いており、誰でも入れる状況であったという。凶器はリモート会議にも映っていた先の尖った木で間違いないと。そしてその木から指紋も出ている。木の材質などについては現在も調査中みたいだ。久しぶりの大阪だし何を食べようか。
夕食の心配をし始めたとき、声の調子が変わったのを感じとって大逆手の話に耳を傾ける。
「ここからはその資料にはのってない話で今回あなたたちが来た理由になるのですが」
その言葉を聞いて俺たちは今まで資料に向けていた視線を大逆手に戻した。
「まず指紋が誰のものかわかりました。東京都在住の槍出 仏差(やりで ぶさし)、被害者の同僚でリモート会議の参加者でもあります。そしてその槍出は東京の自宅からリモート会議に参加していました」
なるほど、これは難しそうだな。
隣の加須もこれは難しいといった顔つきをしている。
「そして凶器の木についてですが、関東から和歌山県南部あたりの太平洋に面した地域で見られる品種だとわかりました。しかし詳しい場所まではわかっていません」
「つまり俺たちがするべきことは」
俺は少し溜めてこう言った。
「一つ、槍出がこの犯行を可能にしたトリックを解き明かす。一つ、槍出以外が槍出の指紋をつけてこの犯行をした人を探る、だな」
その困難さに二人はこれから降りかかる面倒事を思ってか下を向いた。
ふと時計を見るといい時間になっていた。
「さていい時間だし3人でごはん食べに行くぞ」
「いきましょう!ごちそうになります!」
加須はおごってもらう気満々といった様子だ。
「ありがとうございます。」
大逆手も少しかしこまりながらもまんざらでもないようだ。
そのまま資料室を後にした。
「どこに行きましょう!大阪っぽい雰囲気で大阪のものがいっぱいあるところがいいです」
出口に向かいながら加須がノリノリで夕食を考えている。
「粕手さんは何か要望はありますか?」
「俺も大阪に来たからにはみたいなものならなんでもいい」
そう言ったあと事件について考えていたらどうやら観光地の串カツ屋に決まったようだ。
串カツ屋についたとき、店の前にさっき見た顔がいた。
「先回りしていたのか」
「大逆手君に場所を教えてもらうよう言っておいたんや」
「すみません。予め指示されていたので」
仕方ないとため息をついた。
「まあまあ、おごってやるから」
「ありがとうございます」
加須も懐柔されてしまったようだ。
長狩手上を先頭に無理やり店に入っていった。
そして店に入って案内されるがままに席に着いた。
「わあ、本当にいろいろありますね」
加須が目を輝かせている。
確かにこの店は串カツをメインとしながらもお好み焼きやたこ焼き、どて煮など豊富なメニューがあった。
串カツやその他のつまみを食べながらビールも飲み陽気に話していた。
「おいお前、事件のあった28日の夜何をしていた」
大逆手に面倒な絡みをした。
「えーもう酔ってるんですか?その日はえっと……彼女と静岡の花火大会に行ってました。数自体はそんなに多くはなかったんですが地上の太陽っていう花火が花火とは思えないくらい明るかったのが」
「東京でな、粕手は」
大逆手の話の途中、不意に長狩手上が俺の話をしているのが聞こえてきた。
「おいおい、俺の部下に適当なこと吹き込んむんじゃねえぞ」
小競り合いもあって盛り上がり、時間は楽しく過ぎていった。
宿舎への帰り道で加須は満足といった感じだ。
「大阪のものをいろいろ堪能できました。長狩手上さん、話もおもしろいし実績もすごいかったです。二人は昔東京で活躍していたそうですね」
「昔の話だ。結構仲良くなったようだな」
なんとなくは仲が悪そうと察していただろうに。
「粕手さんも大逆手さんに絡んでると思ったら長狩手上さんが自分の話をし始めた瞬間こっちに混ざりましたよね」
「カクテルパーティ効果ってやつかな。それよりも明日は現場を確認した後、東京まで帰るからちゃんと準備しとけよ」
そんな話をしながら宿舎に着いた。
翌日、俺は加須とともに被害者の自宅へ向かった。
「お待ちしてました」
大逆手が声をかけてきた。
大逆手とともに封鎖された現場の中へ入っていった。
「ここはもう調べつくされているのであまり何か新しいことはなさそうですが」
「まあな。でも一応ってやつだ」
扉や鍵にはこじ開けられた様子はない。インターホンもその時間には記録がなかった。そして仕事部屋以外の部屋では特に変なところのない普通の部屋だった。
「隣の部屋で犯罪があったとは思えない部屋だな」
「そうですね」
加須が部屋を見まわしながら返事した。部屋には観葉植物、陶器の壺、ワインセラーなどが荒らされた様子もなく整然と並んでいる。
そして事件のあった部屋に向かうといろいろ目を引くものがあったが一番は木が刺さっていたであろうデスクだ。
「派手だな」
「パワーを感じます」
確かにクリーニングされた後だからかアートのようにも見える。
「資料で見た写真と比較してもなにも変なところはなかったな」
「なにもわかりませんでしたね」
少し落ち込んだかのように加須が言った。
「最初から言ってるだろ。もともと何か有力なものが見つかるとは思っていない」
励ましてるのか励ましていないのかわからない言葉をかけながら現場を出た。待っていた大逆手に送ってもらって新大阪に着いた。
「何かわかったら連絡しますね」
加須は見送る大逆手に言った。
「お気を付けて」
そう大逆手に見送られながらホームに向かった。
次に来た新幹線に乗ってがらがらの車内で
「さて明日から大変だぞ。今の容疑者以外の容疑者を探すためには木がもともとどこにあったのかが大切になる。そっちはお前がやれ。こっちはどうにか容疑者が移動できないか検討してみる」
「わかりました」
加須は旅行終わり特有の日常に戻る感に飲まれたかのような返事をした。そんな感じの加須のうわごとを聞きながら1時間15分は過ぎていった。

翌日私がいつもの部屋に着いて少し待つと粕手さんが来ました。
「早速だが今回の事件について整理していくか」
そう言って粕手が説明の準備を始めました。
「はい」
「仮に現在の容疑者である槍出が犯人だった場合、以下の可能性が考えられるな。1、休憩時間の15分の間に犯行現場に向かい、帰って来た。2、自宅にいると見せかけて被害者の近くにいた。3、実は会議の前に犯行は行われていて被害者を生きているかのように見せかけた」
汚い字をホワイトボードに書きなぐりながら粕手さんが説明しています。
「誰かが槍出の犯行に見せかけるために木に指紋をつけた場合を考える。その場合だと木が一番の手がかりだ。槍出が触った木を入手できる人を探してその中から犯行ができそうなやつを容疑者に挙げる。今日お前にはこっちをやってもらう」
「わかりました」
自信満々で答えました。
「じゃあまず俺は航空機に詳しいやつに話を聞いてくる」
私が何をするべきかわかってるのを理解した粕手さんはそう残して部屋を出ていきました。
とりあえず私は部屋に設置されている端末から木に関係ありそうな情報を集めていくことにしました。木に関する事件を2週間前から遡って抜けなく見ていきます。途中粕手さんが戻ってきてホワイトボードに何かを書き込むとすぐ出ていきました。それからしばらくしていきなり後ろから肩をたたかれました。
「こっちは終わったから情報共有をしたい。進みはどうだ」
「2週間前からはじめて3日前までの情報は調べ終わりました」
「きりはいいか?」
「はい、もちろん」
とんでもない数の事件を見てパンクしそうだったし話を聞くことにしました。
「専門家の話によると東京から大阪までは往復で10分で行くことは可能だそうだ。」
「えっ、航空機ってそんなに進化してるんですか」
私は驚きを隠せませんでした。粕手さんはちょっとうなずいた。
「だがもちろんこれは民間用ではないジェット機だ。それにそこそこ大きな滑走路が必要だ。そうなるとさらに20分ほどかかるらしい」
「そうなんですね」
返事をしながら粕手さんの情報の収集能力に感銘を受けていました。
「さらに会社に頼んで事件の日の会議を見せてもらった。容疑者、被害者ともにおかしな様子はなかった。二人とも積極的に話していたしなんならすこし口論もしていた」
そしてホワイトボードに書き足しながら
「さて、明日は二人で容疑者である槍出の家に行って話を聞くついでに仕事部屋も見ておかしなところがないか確認する予定だ」
お前の番だぞの視線を感じたので説明を始めることにしました。
「2週間前からの木に関係する事件を調べました。今は3日前まで調べ終わってます。2日に一件ぐらいは木が折られる事件が発生してますが太さが足りないものや木の種類が違うものばかりでした」
「悪くない。資料の写真にあった木の乾燥具合から1週間前以内に絞ってもよかったがその調子なら時間までに終わりそうだな」
「まあなんとか」
また情報収集に戻りました。
そして就業時間のほぼ終わりごろ、やっと一件見つかりました。
「粕手さん、あてはまりそうな事件を見つけました。場所は東京です」
「明日容疑者に会って時間があったら話を聞きに行こう」
そう残して一足先に粕手さんは帰りました。
残りの15分で明日のために木の事件について調べました。

出勤してまず鏡に向かう。いつもは最低限しか気にしていないが話を聞きに行くときは別だ。スーツを多少整えるだけで警察かどうか疑われるなどの面倒を避けられる。鏡越しに加須が来るのが見えたため、そこからは適当に済ませて振り返る。
「おはようございます」
新品だったスーツを月数相応に着こなし始めた加須が言葉のわりに適当な挨拶をしていた。
「おはよう、準備はできてそうだな」
声をかけながら荷物を取り車に向かった。
車の中では容疑者から聞く話についての最終確認を行っていた。
「いいか、まだ怪しいだけで犯人と決まったわけではないから変なことは言うなよ。ほら、着いたぞ」
さっさと出るように促して足早に容疑者宅へと進む。
表札の確認を終えてインターホンを押した。
「はいー、どちら様ですか」
落ち着いた男性の声で呼びかけられた。
「警察のものです。面糠さんについてお話を伺いに来ました」
「そうだったんですか。今開けます」
そうしてすんなりと居間に通された。
「何か飲みますか」
「いえ、お構いなく。早速ですがお話を伺ってもいいですか」
「構いません。なんでも聞いてください」
咳払いで少し間をとる。
「事件があった時刻、あなたは何をしていましたか」
「リモート会議に参加してました。休憩時間は息抜きに外の空気を吸ってました」
「つまりリモート会議はこの家から参加していた、ということですね」
「はい、もちろん」
「そのリモート会議中に何か気になったことは」
「気になること……特に思いうかびませんでした」
「私からも一ついいですか」
「はいどうぞ」
「面糠さんと口論をしていたと聞いたのですがどんな内容ですか」
「趣味の陶芸の話になってちょっともめました。たまたま台パンしたら後ろのインテリアが倒れてそれを機に同僚がうまく収めてくれました。これまで何度もこんな感じで喧嘩してるんですよ」
あえて知っている情報を聞くことでうまく日頃の関係を聞き出した。加須の成長を感じて少しうれしい。
「喧嘩するほど仲がいいってかんじですかねえ」
「うーんそうなんですかねえ」
その後2,3質問をして、
「最後に仕事部屋を見せてもらえませんか」
とお願いした。
「どうぞ、案内します」
槍出は立ち上がると廊下に出てドアを開けた。
「こちらです」
部屋に入って目に付いたのはビニール袋だった。
「これは割れた陶磁器?開けてもいいですか」
「どうぞ、破片には気をつけてください」
恐る恐るビニールを開けていると後ろから「いろいろな陶磁器があるんですねえ」と加須の声が聞こえた。
ビニール袋には変なことがないことを確認しているときも加須と槍出の会話は続く。
「こちらの壁には賞状やトロフィーがたくさんありますね」
「高校と大学で陸上をやってました」
「それにしても多いですね、粕手さんも見てください」
呼びかけられたのでそちらを向いた。確かに額縁に入った賞状や棚に置かれた立派なトロフィー、どれも全国大会以上のもので誰でもが手に入るような軟弱なものではない。
「確かにたくさんある、しかも質が高い。見たところ長距離ですね」
「ええ、ありがとうございます。危ないんで見終わったらビニール袋は縛っておいてください」
「わかりました。陶芸についても話を聞いてもいいですか」
ビニール袋を縛りながら提案した。
「もちろん、いいですよ」
リモート会議でも背景だった棚を見ながら質問を投げかける。
「この器を作るのにどれくらいかかりますか」
「時間という面では私の場合、土選びからろくろ回しでほぼ1日ぐらいですかね。もちろん一度に複数作ることができるので作れば作るほど時間の面では得です。夜のうちに乾燥させて次の日から窯を使って焼いていくんですがここからが大変。6時間ほど素焼きして冷えたら取り出し、それに釉薬を塗ってさらに焼きます。これが大変で12時間以上温度管理をし続けています。そして一日ほど待って自然に冷えたら取り出します」
「過酷ですねえ」
加須が感嘆している。
「その間お仕事はどうしているのですか」
「連続した休みが取れれば全部自分でやるんですが窯の温度管理を専門の職人に頼ることもあります」
「本格的だなあ」
所詮会社員の趣味だと侮っていたかもしれない。
「お金の面ですが土は輸送費もかかって結構高いんですけど怖くて計算していません。それでも一番かかってるのはおそらく窯の管理ですね。さすがに窯の掃除までは自分でできませんし職人に焼いてもらった場合もさらにかかります。窯の土地自体は運がよくてその二つに比べたらお金はかかってません」
「どんな趣味にもお金はかかってしまいますねえ。そろそろ次の場所に向かう時間なのでここらへんで失礼させていただきます」
時計を見ながらそれっぽく言う。
「貴重なお話ありがとうございます」
「いえいえ、警察っていうから少し身構えてましたが結構話がわかるひともいるんだなと思いました」
そうして家を出て車で次の目的地に向かう。

車に乗って調べていた目的地に設定しました。
「ここ、皇居のあたりか」
「そうだったんですか」
「多分皇居そのものではないだろうから安心しろ」
目的地は公園のような広場のような場所でした。
「これが折れた木ですかね。目立つ場所にありますね」
「ああ、夜にはライトアップもされているようだな」
粕手さんは折れた部分を注意深く観察しています。
「この木が凶器で間違いないな」
そう言って粕手さんは周囲を見渡しました。
「あそこの管理棟みたいな場所で話を聞くか」
粕手さんについていくとその日の警備員の記録を見ることができました。
「へー1時間に1回見て回ってるんですね」
パラパラめくりながらそうつぶやきました。
「おい、通報は何時頃だったか覚えているか」
「9時前だったと思います」
粕手さんはバサバサめくり何かを見つけてじっくり読み始めました。
「なるほど」
そういいながら私に記録簿を渡し二か所を指さしました。
「これは8時半の巡回の記録ですか。そしてこっちは7時半の記録で、えっ異常なし」
「そうだ」
「でもこれって」
「加須、今からすぐ帰って監視カメラの映像を見るぞ」
「はい」
前にもあった地獄の監視カメラ作業を思い出し少し気がめいりながら返事をしました。

容疑者や折れた木について調べた数日後、粕手によって関係者が大阪に集められた。
「犯人が分かりました」
粕手は少しもったいぶって、月並みな言葉で推理を披露し始めた。
「まずは今回の事件の大まかな流れから説明します。先月28日夜8時にリモート会議が休憩になり、15分に面糠さんが木で貫かれた状態で発見されました。凶器にはその会議に東京から参加していた槍出さんの指紋が検出されました。槍出さん、あなたは東京からリモート会議に参加していましたよね」
粕手は槍出に確認するように問いかける。
「はいもちろん」
「そうすると今回の事件の犯人は槍出さんではないということですか」
不思議そうに大逆手が粕手に聞く。
「それについては順を追って説明するのでまたあとで」
いたずらっぽい笑みを浮かべる粕手の返事に大逆手はもやもやした表情をしている。
「さあ話を続けますよ。凶器となった木がもともとどこにあったかわかりました。資料を渡しなさい」
その言葉を契機に加須が資料の紙を渡す。
「これは東京都内にある公園の木です。木の種類や大きさ、折れ目の大まかな形が一致しておりこの木から折られたものとみて間違いないです。次のページをご覧ください」
そのページを見て内容を読んだ人々は少なからず驚いた表情をした。
「そこに書いてあるとおりこの木は28日夜7時30分の巡回では異常はなく、8時30分ではこの状態でした」
「ということは犯人は航空機を使った第三者ですか」
独自にこの事件を調べていた大逆手も航空機を使うことを考えていたためすぐにこの考えが浮かび口にした。
「いいえ、この時間には航空機は一切飛んでいませんでした」
「なぜ言い切れるんですか」
「それもまた後で」
またも濁された大逆手はますます表情が曇っていく。
「さて槍出さん、突然ですが事件の夜に大阪には向かおうとしましたか?」
「いいえ、家の周りしかいませんでした」
「これで犯人がわかりました」
その一言でおのおの思い思いの表情を浮かべた。
「犯人はあなたです。槍出さん」
「違いますよ」
槍出はすぐに否定する。
「そうですよ、槍出さんに犯行は難しいというのはわかっているじゃないですか」
大逆手も否定的な見解を示している。
「いえ、槍出さんにも犯行は可能です」
「そんな、どうやって」
予想外の答えを聞いて混乱し始めている大逆手を無視して粕手は話を続ける。
「槍出さんは陸上をやられていたそうですね。特に長距離が得意だったとか」
「それがどうしたんですか」
槍出は何かを察知したのか何も言わないが大逆手は何の話かわからないようだ。
「私が見た賞状にはこう書かれていました。男子フルマラソン 5秒62 と」
「まさか、ありえない」
大逆手がおののいている。
「そのまさかです。当時の映像を確認しましたがウイニングランと称して10往復していました」
槍出は何も言うことができずただ聞いている。
「このペースで行けば1分前後で犯行現場まで行けます」
「そんなことが本当にできるんですか」
大逆手は当然槍出の能力に疑問を持っている。
その声に続いて槍出が口を開いた。
「いや、もちろんそんなことができるわけがない。刑事さん、面白い推理ですね」
「そうですか。ところで槍出さん、今日はどうやって来ましたか」
「もちろん新幹線です」
「違いますよね。あなたは券売機などで切符を買ってないですしおそらくそのICカードも使われてないでしょう」
「なぜそう思われたのですか」
「あなたは会社の出張のときも同じようにしていましたよね。会社を調べたところ領収証がすべて偽物でした。もちろん今回は領収証なしで交通費を渡しましたが。このお金をすべて陶芸に使っていたのではないですか」
粕手は槍出を追い詰めていく。
しかし槍出もただではやられない。
「しかしその日は本当に家の周りにしかいなかった。大阪などには向かっていない」
「いえ、あなたが大阪に向かった証拠ならあります。加須、監視カメラの画像を」
「バカな」
槍出はそうつぶやくも粕手は余裕の表情だ。
「あなたは自分が監視カメラに映るはずがないと思っている顔をしていますね」
配られた監視カメラには槍出がくっきりと映っていた。
「普通の監視カメラなら当然あなたの姿をきれいに捉えることはできません。しかし事件の夜、あるイベントがありました。それは花火大会。そこでは地上の太陽というほんの短い時間、昼のように明るくなる花火が打ち上げられていました。速すぎてカメラに映らないはずのあなたも一瞬の光ならぶれることなく撮影できます。いわゆるストロボの原理と同じです。そしてこの花火を打ち上げるために事前にこの付近を通る航空機はすべて運航を休止しています」
自分の不利さを理解した槍出はうなだれた。
「犯行の動機はおそらく陶芸でしょうか」
粕手は追い打ちをかける。
「ええ、そうです。もともと面糠の窯を使って陶芸をしていたのですが面糠が大阪に行ってからは陶芸ができないストレスからか当たりが強くなり、さらには今までの窯の使用料まで請求してきたのです」
槍出の白状を聞き終わったあと槍出は警察に連れていかれた。

「大逆手さんに店を紹介してもらおうと思ってたのですが結局同じ店になってしまいましたね」
少し文句のような口調ながら満足気に加須が言う。
「まあ当然報告に行かないといけないし待つ時間もないから仕方ない」
最後にメニューを見てもうほしいものがないことを確認して店を出る準備をする。
「事件解決祝いだ。今回はおごる」
そのままレジに向かう。
「会計で」
そう言って財布を開けると思ったより額が少ない。
「どうかしたんですか」
加須が不思議そうに聞いてくる。
「お金が足りない」
それを聞いた加須は少し考えて原因を導きだした。
「もしかして槍出に支払った交通費を忘れてませんか」
完全に失念していた。焦りながらも言葉を絞り出した。
「加須、金貸してくれないか」

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