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朝森久弥流・ホンネの高校選び2「絶対に自分で選ぶこと」

誰でも自分に合った高校が選べる!

この記事は「朝森久弥流・ホンネの高校選び」の第2回です。高校受験事情に異常に詳しい朝森久弥が、日本の高校受験を考えている中学生やその保護者の方に向けて高校選びの基本を語ります。

第1回では「高校にそもそもなぜ行くのか」という話をしました。これを踏まえて、いざ高校を選ぶときに最も大切な考えを話しておきます。

高校は自分で選びなさい!

高校を選ぶときに最も大切な考え、それは

絶対に自分で選ぶ

ということです。
学校の先生や塾の先生、保護者の方などが、高校受験生に「この高校に行きなさい」と言ってくることがあります。行きなさいとまでは言わなくても、ものすごく、あるいはそれとなく、どこかの学校をオススメしてくることはよくあります。
けれども、
「先生に言われたからここにした」
「親に言われたからここにした」
というのは絶対にやめてください。
誰かに勧められた学校に行ってはいけない、ということではありません。「誰かに言われたから」以外の、その学校を選ぶ理由を見つけなさい、ということです。

高校を自分で選ぶことは、どこの高校に行くかよりもずっとずっと、ずーっと大事です。

なぜ自分で選ぶのか

大きく2つの理由があります。

1.自分で選ぶことが、「大人」になるために必要だから

第1回で、高校に行くのは「大人」になるためだ、と話しましたね。「大人」に求められる能力はいくつかありますが、実はそのひとつに「自分で選ぶ力」があります。正確に言うと、自分で選んだことに責任を取る力です。
どんな仕事を選ぶか、どこに住むのか、どんな人と一緒に暮らすかなど、「大人」になると、人生の選択の機会がたくさんあります。どれかを選んだ結果ひどい目に遭ったとしても、自分の責任です。「選んだあなたが悪いんでしょ」と言われます。たとえ「自分が選んだわけではないのに」と思っていても。もちろん本当にその人のせいではないこともあるので全部が全部ではないのですが、だいたいそうだと思ってください。

正直に言うと、先生や親に言われたからという理由で特定の高校を選んでも、大抵の場合は死にはしませんよ。ただ、自分で選ぶという経験をせずに18歳を迎えてしまいます。日本では18歳で成人ですから、そこから先に選んだことは全て自分の責任です。ぶっつけ本番ということです。

さらに言うと、高校選びを間違えても大抵の場合は死にはしません。成人してからの選択に比べてリカバリーが効きやすいのです。高校選びの反省を生かすことで、人生の選択がより上手になります。
人生の選択は、面倒くさいことが色々あります。たくさんの情報を集めて検討して、ときには周りの人とケンカすることもあるでしょう。でもそれは、「大人」がみんなできて当然だと思われていることです。高校選びは人生の選択の練習として絶好の、しかも多くの人にとっては18歳以前に経験できるほぼ唯一の機会なのです。

2.辛いときにがんばれなくなるから

身も蓋もないことを言うと、どんな高校を選んでも辛いことは起こります。100%自分の思い通りにいくなんてことはあり得ません。

でも、自分で選んだならば辛いことも受け入れられやすいのですよね。「自分はこう考えて選んだのだから、ここは我慢しよう」と捉えて、がんばり続けることができる。中には本当に我慢すべきでないこともありますが、その場合でも、一度自分で選んだ経験が次に選ぶときにも生きてきます。

一方、他人が選んだからという意識でいると、辛いことがあったときに、それを他人のせいにできるのです。「先生のせいだ」「親のせいだ」のように…。ただ、他人のせいにすると、がんばる必要が無くなります。辛すぎて死にたくなるくらいなら誰かのせいと捉えるのも心を守る一つの手段だと思いますよ。一方で、がんばっていればどうにかなったはずのところでも、心持ちひとつでがんばれなかったとしたら、やはりもったいないと思うのです。

私もいい「大人」なので、意欲があれば何でもうまくいくとは言いません。最終的に物を言うのは、何を成し遂げたかです。ただ、自分で選んだという事実は意欲を生み、意欲は行動を生み、行動を積み重ねることで何かができる可能性は高まっていくのだと思います。

朝森久弥はどう選んだ?

ところで、こんな話をしている私、朝森久弥はどんなふうに高校を選んだのでしょうか?もう20年以上前の話ですし、多くの人にとってあまり参考にならないでしょうが、せっかくの機会なので紹介しておきましょう。

私が選んだのは、田舎にある某県の公立高校でした。一応『進学校Map』に載っている高校のどこかです。

私は4人きょうだいの長子でした。4人もいればただでさえ育児は大変ですが、きょうだいの1人が身体障碍(手足が動かない)を持っていて、母はその介護にかかりきりだったので働きに出られず、高専卒の父の稼ぎで一家6人が生活していました。世帯所得は大学進学時に日本学生支援機構の第一種奨学金(無利子貸与)が通る程度でした。
両親に大学受験の経験はなく、きょうだいは全員、地元の公立中学校(ひとりは特別支援学校)出身。無理をすればお金は捻出できたかもですが、我が家では誰も、塾や家庭教師、通信教材を利用しませんでした。そういうわけで私は、ろくな受験知識を持たないまま中学3年生になりました。

当時は私立高校に通う生徒への授業料補助なんてなかったので、国公立の高校を目指すのが我が家の暗黙の了解でした。父は就職に有利という理由で、地元の国立高専(父の母校)をしきりに勧めてきました。母は地元の人ではなかったし、私にとって最も身近な高等教育機関がその高専であったことには違いありません。ただ、別にエンジニアになりたいわけじゃないしなぁとモヤモヤしていました。

そんな時、私が当時片想いをしていた同じ中学校の同級生が、「A高校に行きたい」と言い出しました。その人とは中学校の生徒会で一緒に活動していたのですが、悲しいかな、中学校では3年間同じクラスにはなれませんでした。
「高校に行ったらその子と同じクラスになれるかもしれない」
そのワンチャンスにかけて、私もA高校を志望することにしたのです。

その子は中学校内の定期テストで学年2位を取ったことがある秀才です。そんな子が志望するA高校の合格難易度もなかなか高く、父が勧めてきた国立高専よりも高いということを、中学3年生になって初めて受験した高校受験模試なるもので知りました。私は死に物狂いで受験対策に励み(といっても、毎日深夜2時まで勉強する程度でしたが)、A高校に合格できる学力を獲得。晴れて、A高校に合格し、進学したのでした。

…というわけで、私の高校選びは「好きな人と同じ高校に行きたい」ただそれだけでした。A高校が運よく高専よりも合格難易度が高かったので、父を説得しやすかったというのは多少あったかもしれませんが。

ちなみに、A高校のクラス数は私の卒業した中学校よりも多かったのですが、想いが通じたのか、1年生で好きな人と同じクラスに!けれども、同じクラスになったチャンスを生かせず、1年生の終業式の日に告白して玉砕しました。この時「フラれたときに備えて春休みの宿題は早めに片付けておこう」と思って、終業式の日までに春休みの宿題を全部終わらせていたのですが、フラれた後も意外と体が机に向かうもので、新学期の校内実力テスト対策をコツコツしていました。その校内実力テストで学年2位を獲得したことにより、担任から「学年1位の人と同じ大学を目指してみないか」と勧められ、大学受験の世界に突入していくのは、また別のお話です。

…そういうわけで私は、自分で選びさえすれば、その理由は何でもいいと思っています。念のため言っておくと、周囲の人のアドバイスを聞かなくてもいいというわけではありません。むしろ聞いた方がいいのですが、最終的には自分なりの選んだ理由を持ってほしいのです。結局、その高校に通うのはほかでもない自分であって、そこでの楽しいことや辛いことは全部、自分自身が味わうものですからね!

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