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絶対評価による公立中学校内申点の実態

※2023年10月25日追記:岐阜県の評定分布を誤って参照してしまった(2022年3月卒ではなく2021年3月卒のデータだった)ため、数値とグラフを修正しました。記事の本旨は変わっていません。

相対評価と絶対評価

内申点(この記事では、教科別の5段階の評定を意味します)の付け方には、大きく分けて相対評価絶対評価の2種類があります。簡単に言うと、相対評価は生徒の集団内での順位によって評定が決まるもので、絶対評価は生徒の達成度によって評定が決まるものです。

日本の中学校における内申点は、1948年(昭和23年)から2000年(平成12年)ごろまでは相対評価でした。それぞれの中学校ごとに評定の割合が決まっていたのです。たとえば5段階の評定なら、
「5」…7%
「4」…24%
「3」…38%
「2」…24%
「1」…7%
と、偏りのない山型(正規分布)になるよう割合が決まっていました。1学年100人であれば、たとえ100点満点の成果を収めた生徒が10人いても、7人しか「5」が付きません。一方、100点満点で50点の成果しか収めなくても、それが学年1位なら「5」が付きます。
ただし、生徒の達成度の分布は必ずしも正規分布にはなりません。そこで1971年(昭和46年)に行われた指導要録改訂によって、5段階の評定の比率を必ずしも正規分布にしなくてもよいという方針が打ち出されました。つまり1971年から2001年までの内申点は、相対評価ではあるけれども絶対評価的な要素もあったと言えます。

2001年(平成13年)に文部科学省が出した指導要録の改善通知によって、中学校における内申点は観点別学習状況の評価(観点別評価)に基づく絶対評価が導入されました。生徒の達成度が一定の基準を超えてれば、理論上は誰でも「5」の評定がもらえるようになったのです。観点別評価自体は1980年(昭和55年)からされていましたが、観点別評価の結果と評定が明確に関連付けられるようになったのは、絶対評価が導入されてからでした。
観点別評価の中身は時期によって異なり、2021年(令和3年)度からは次の3観点になっています。
「知識・技能」
「思考・判断・表現」
「主体的に学習に取り組む態度」
この3観点をそれぞれA・B・Cの3段階で評価し、その評価結果から5段階の評定を決めます。ただし、3観点がすべてAならば「5」が付くとは限りません。観点別評価は同じAでも幅があり、B寄りのAばかりなら「4」が付く可能性は十分あります。たとえば神奈川県は次のようなガイドラインを提示しています。

観点別評価のA評価をA○とA、C評価をC○とC評価にさらに細かく分け、A○は5点、Aは4点、Bは3点、C○は2点、Cは1点とする。
3観点の合計は15点満点で、15~14点は評定「5」、13~11点は評定「4」、10~8点は評定「3」、7~5点は評定「2」、4~3点は評定「1」とする。

神奈川県教育委員会『カリキュラム・マネジメントの一環としての指導と評価』(2020年3月)を参考に筆者作成

この基準は学校によって異なりますが、成績を付ける前(たとえば中学校入学直後)に学校から生徒に基準を説明することが求められています。各観点で何をどこまで達成できればA評価やB評価がもらえるかは先生の裁量次第ですが、事前に基準を説明する分、絶対評価が導入される前よりも評価の透明性が上がったと言えます。

絶対評価による評定分布の事例

観点別評価に基づく絶対評価が導入されてから、中学校では「内申点の付け方が甘くなった」という声をよく聞くようになりました。もし正規分布に沿った相対評価であれば、内申点の平均はちょうど3になります。これが、絶対評価になった今では平均が上がっているのでは?というのが現場の感覚のようです。

中学校で付けられている評定が実際にどのように分布しているのかはあまり明らかになっていませんが、いくつかの都道府県では部分的に公開されています。ここでは、高校入試結果と併せて公開している東京都・千葉県・愛知県・岐阜県の状況から、「内申点は本当に甘くなっているのか」を調べてみることにします。

東京都の場合

東京都では毎年3月下旬(都立高校入試が終わった直後)に、都内公立中学校第3学年及び義務教育学校第9学年の評定状況の調査結果を公表しています。東京都全体の評定平均に加え、各中学校等(1学年40人以下の小規模校を除く)の評定比率を公開しています。ただし、各中学校等の名前は番号で伏せられていて、具体名を知るには開示請求をする必要があります。

これを見ると、東京都全体での評定平均は約3.3であることがわかります。9教科×5段階=45点満点で換算すると、平均は約30ですね。教科によって多少違いがありますが、「5」または「4」が付くのが4割弱なのに対し、「2」または「1」が付くのは2割弱しかおらず、正規分布に比べて高めに偏っています。

千葉県の場合

千葉県では毎年7月に、直近の高校入試を受けた学年の学習成績分布表が公開されます。千葉県全体の評定平均に加え、各中学校等の評定比率と、各評定段階の実人数が公開されています。

これを見ると、千葉県全体での評定平均は約3.6であることがわかります。45点満点で換算すると、平均は約32ですね。「5」または「4」が付くのが5割近くあり、「2」または「1」が付くのが約1割しかいません。東京都よりさらに高めに偏っています。

愛知県の場合

愛知県では2022年4月に公開された『令和4年度愛知県公立高等学校入学者選抜の実施結果』の中で、教科ごとの評定分布割合及び評定平均値(愛知県内の全公立中学校)を公開しています。
※令和5年度については公開されていませんでした

これを見ると、愛知県全体での評定平均は約3.2です。45点満点で換算すると、平均は約29ですね。「オール3」よりは少し高いですが、東京都や千葉県に比べるとあまり甘くなったとは言えないことがわかります。各教科で約1割の生徒に「1」が付いており、これは相対評価の時代よりも厳しいですね。

岐阜県の場合

岐阜県では毎年秋に公開される学力検査結果の中に、直近の入試を受けた学年の調査書の評定を分析した結果が載っています。
※令和5年度の学力検査結果は記事作成時点では未公開でした

これを見ると、岐阜県全体での評定平均は約3.1です。45点満点で換算すると、平均は約28ですね。平均は愛知県と同程度ですが、愛知県に比べると「5」と「1」の比率が低くなっています。

4都県間の比較

東京都・千葉県・愛知県・岐阜県の4都県とも、正規分布に沿った相対評価に比べると内申点が甘くなっていることがわかりました。ただし、甘くなった度合いには差があるようです。そこで、4都県のデータが揃う、2022年3月に中学校を卒業した公立中学校等3年生(義務教育学校は9年生)の評定分布を棒グラフで表してみましょう。

比較用に、正規分布に沿った相対評価の場合のグラフも載せました。千葉県の評定の高さが際立っていますね。評定ごとに見ると、4都県とも、「5」と「3」の比率が相対評価(正規分布)より高くなっていて、「2」の比率が相対評価(正規分布)より低くなっています。
・相対評価だったら「4」だった生徒が「5」になった!
・相対評価だったら「2」だった生徒が「3」になった!

これらの事例が多く観測されていそうですね。

こうした都県間の差はどこから生まれるのでしょうか。単純に考えると、学校がどのような基準を設けているか(学校要因)、公立中学校にどのような生徒がいるか(生徒要因)の2要因に分けられそうです。

学校要因のうち、教育委員会の方針についてはすぐに検証することは難しいですが、入試の影響はあるかもしれません。東京都や千葉県がある首都圏では、首都圏以外に比べて入試の競争率が高く、高い内申点を付けてほしいという生徒からのプレッシャーが強いと考えられます。
また、首都圏の私立高校では出願基準として内申点の数値を明示する傾向があります。とくに目立つのが「9科に評定1がないこと」。1つでも「1」が付くとその私立高校が受験できないのです。首都圏でこの基準がない私立高校は少数なので、東京都や千葉県では、よっぽどの事情が無い限り「1」を付けたがらないのかもしれません。

生徒要因のうち、私がとくに注目するのは中学受験率、正確に言うと、地元の公立中学校以外の中学校に進学する割合です。東京都では多い所では5割もの小学生が中学受験を経験し、その多くは地元の公立中学校以外の中学校に進学します。一方、岐阜県の中学受験率は1割に満たないので、東京都にいれば中学受験をしただろう子も大多数は地元の公立中学校に進学していると考えられます。
ただ、学力が高い傾向にある中学受験生が大量に抜けているにもかかわらず、東京都の公立中学校は岐阜県の公立中学校よりも内申点が高いです。東京都の内申点の付け方がそれだけ甘すぎるのか、あるいは公立中学校の生徒どうしを比べても東京都の方が岐阜県よりも教育熱心なのか…今後の検証が必要な所です。

まとめ&今後の展望

この記事では、公立中学校での内申点はかつては相対評価で付けられていたが、2001年以降は絶対評価が導入されたことを確認しました。そして、相対評価では「オール3」が平均だったが、絶対評価ではその平均が高まっていることを4都県で確認しました。ただし、内申点の付きやすさには地域差があり、愛知県に至っては相対評価(正規分布)よりも「1」が付きやすくなっています。

今後は、教科によって内申点の付きやすさに差があるのか、学校によって内申点の付きやすさにどれだけの差があるのかなどを検証していきたいと思います。

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