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教育系VTuberの現在・過去・未来

今回の記事は、私が2021年10月3日にした以下のツイート(群)を深堀りしたものです。

主にYouTubeで動画を投稿・配信をする人を一般にYouTuber(ユーチューバー)と言います。その中でも、自らの顔を出す代わりに、CGで作られたキャラクターを使って活動するYouTuberは、バーチャルYouTuber、またはVTuber(ブイチューバー)とよばれます。ひとくちにYouTuberと言ってもその動画の内容がさまざまなのと同様に、VTuberが提供する動画の内容もさまざまです。この記事では教育系VTuber、すなわち視聴者への知識伝授を目的として活動しているVTuberの話をします。

教育系VTuberの事例

“教育系VTuber”と聞くと、「学校や塾の先生が動画を出しているのかな?」という印象を抱くかもしれません。もちろんそういう人もいますが、私が2021年10月に調査したところ、学校や塾の先生ではない人が大勢、教育系VTuberとして活動していることがわかりました。

冒頭のツイートに貼り付けた表は、日本在住者向けの動画を公開している教育系VTuberを、YouTubeチャンネル単位で100個ピックアップしたものです。このうち、私の独断と偏見で、小学校・中学校・高校での学習に主眼を置いたチャンネルを「学校寄り」、それ以外のチャンネルを「教養寄り」と分類した結果、学校寄りのチャンネルは25個、教養寄りのチャンネルは75個となりました。すべての教育系VTuberを調べられたわけではありませんが、教育系VTuberは「学校寄り」に比べて「教養寄り」のチャンネルの方が多い現状がありそうです。

「学校寄り」と「教養寄り」の具体例をそれぞれ挙げてみましょう。

【学校寄り】

なるり」は進研ゼミ公式Vティーチャー、つまりベネッセが運営しているいわゆる“企業勢”の教育系VTuberです。中学生を想定視聴者としていて、中学校の学習内容を「なるり」自身が教えている動画もありますが、ゲーム実況や学校あるあるをネタにした動画など、直接何かを教えるわけではない動画も多くあります。

ほかの学校寄りのチャンネルでは、企業または団体が複数教科をカバーしているものもありますが、個人が「自分の得意な教科を教える」という体裁のものが目立ちます。教科別では数学が多く、国語・地理が少ない傾向にあります。また、想定視聴者を高校生としたものが多く、小学生としたものは1個だけでした。

【教養寄り】

千莉」はバーチャルエコノミストを名乗る教育系VTuberです。企業に所属していないという意味ではいわゆる“個人勢”ですが、オンラインサロンの運営や電子書籍の刊行などプロ級の活動をしています。最新の時事(とくにVTuber文化)を経済学的な視点で解説する動画が多くあります。

ほかの教養寄りのチャンネルでは、ジャンルが多岐に渡っています。強いて言えば自然科学(数学・物理・生物・化学・地学など)や情報工学、英語を扱ったものが多いですが、ほかにも性知識や薬学、法律、仏教、花言葉、折り紙、動画編集、APEXなど、およそ人の知的好奇心が及ぶものは何でも扱える余地がありそうです。通信講座やパソコンスクールを手がける企業が運営する教育系VTuberも見かけました。

教育系VTuberが見出されるまで

教育系VTuberはその言葉の意味からして、教育系YouTuberの一類型と言えます。教育系YouTuberには顔出しで活動する人や、顔出しはせずに手元(授業ノートとそれに書き込む手)だけ映して活動する人などがいる中で、CGキャラクターを使う人を教育系VTuberに分類できるわけです。

教育系YouTuber分類1

教育系YouTuberの歴史は2010年ごろから始まりました。大学受験予備校ではそれ以前から映像授業が普及していましたが、そのオルタナティブとして、YouTubeで無料で授業を公開する人々が現れたのです。その一角が2010年に登場したmanaveeで、大学生のボランティアが中心となって大学受験向けの授業動画がアップされていました(2017年に終了)。

その後、ビジネスとしての映像授業市場(スタディサプリなど)が成熟すると同時に、プロの講師が教育系YouTuberとして授業を行うようになり、出回る動画のクオリティが高まっていきました。彼らのほとんどは予備校の映像授業と同様、顔出しで出演しています。

現在、VTuberではない教育系YouTuberには2つの大きな潮流があります。ひとつは授業中心で、「とある男が授業をしてみた」で中学生から絶大な支持を集めている葉一氏や、「予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」」(通称:ヨビノリ)で大学の理系向けの講義を行うたくみ氏が有名です。

もうひとつは受験情報中心で、とくに大学受験に関わるさまざまな情報(勉強法・出願戦略・大学比較)を扱う教育系YouTuberが人気を集めています。この路線で有名なのは武田塾チャンネルで、情報提供と同時に武田塾の広報宣伝も行っています。現在では多くの塾がYouTubeチャンネルを開設し、同様の手法で受験生の注目を引こうとしています。

ほかにも「中田敦彦のYouTube大学」に代表されるように、「教養寄り」の教育系YouTuberのチャンネルも数多くありますが、VTuberではない教育系YouTuberは「学校寄り」の色合いが強いのが現状です。教育業界では既に、教育系YouTuberのマネタイズへの道(塾の集客や、学習参考書の出版など)が拓かれていることが影響していると考えています。裏を返せば、そうした道を歩む教育系YouTuberは総じて「真面目」に、学校での学びや受験にコミットすることが求められているとも言えます。

VTuberの歴史が始まったのは教育系YouTuberよりも遅く、日本では2016年からでした。キズナアイの登場を皮切りに、マンガ・アニメ・ゲームの文化を背景にしたキャラクターがVTuberとして人気を集めました。VTuberの活動内容も、ゲーム実況をはじめとするエンタメ要素が強いものが定番となっています。

教育系YouTuberとVTuber。この2つが出揃うことでついに、教育系VTuberが登場します。2021年の現在でこそ、スマホアプリひとつでVTuber活動ができるようになりましたが、当初はITの知識がそれなりにないと、個人でVTuber活動をすることはできませんでした。そうした中で早期からVTuber活動に興味を示したのが、大学院生や若手研究者の一団です。彼らはサイエンスコミュニケーションのうちのアウトリーチ活動、つまり「自分たちの研究の意義や面白さを、専門家ではない人々にどのように伝えるか」について問題意識を持っていました。とくに科学的な興味を持たない人は、単に研究者が講演などをしたとしても見向きもしない、それこそ、VTuberのゲーム実況を見る方がよっぽど楽しいかもしれません。そこで、大学院生や若手研究者らは「VTuberとして研究の話をすれば、科学的な興味を持たない人にも聞いてもらえるのでは?」と考え、2018年5月ごろからVTuberとしての活動を始めました。この流れでデビューしたVTuberは、現在では学術系VTuberとよばれています。

学術系VTuberはジャンルを超えたつながりが強く、VRアカデミアというグループを結成したり、夏休み科学Vtuber相談室という企画を行ったりしています。学術系VTuberの多くは、この記事の冒頭で述べた分類では「教養寄り」に該当しますが、夏休み科学Vtuber相談室に象徴されるように、小学生・中学生・高校生にも聞いてもらおうという意気込みが感じられます。

2019年ごろには、VTuberの知名度向上や技術的なハードルが下がったことで、IT知識の多寡を問わずさまざまな人がVTuber活動を始めるようになりました。VTuberではないYouTuberに比べればその規模は小さいですが、2020年1月にはVTuberが1万人を超えたというニュースも出ています。その中には学術系VTuberのみならず「学校寄り」だったり、自分の専門や趣味を“布教”したりするVTuberも現れて、現在では教育系VTuberというひとつのカテゴリを形成するに至りました。

学術系VTuberがVTuber活動を始めた経緯からわかるように、教育系VTuberはVTuberが持つエンタメ的なノリを武器にしています。「講義をするのが生身の人間からCGキャラクターに変わっただけ」ではなく、VTuberである自分自身を好きになってもらうよう努めているのです。このため、教育系VTuberは「エンタメの華」であるゲーム実況を、割と躊躇なく行います。講義的な動画よりもゲーム実況動画の方が多い教育系VTuberすらいますが、それでも、VTuberであるがゆえに許されるのです。VTuberではない教育系YouTuberがゲーム実況をしてもいいのですが、VTuberではないがゆえに総じて真面目なイメージを持たれるため、ゲーム実況で視聴者の関心を引くのは邪道感が出てしまいます。

このように考えると、教育系VTuberは一面では先生ではあるけれども、同時に先生っぽくないことが期待されている存在なのかもしれません。

教育系VTuberはこれからどうなる?

2021年現在の日本では、VTuberのファンは10代後半~30代に集中しています。10代前半以下ではVTuberよりも、HIKAKINをはじめとする生身のYouTuberの方が人気がありますし、40代以上は現在のVTuberで主流の絵柄にあまり親和性が高くないと考えられます。このため現時点で、たとえば小中学生を相手に教育系VTuberを展開したとしても、本人と保護者のどちらからも大きな支持は得られないかもしれません(なので、上で例として挙げた「なるり」は挑戦的な試みだと評価しています)。

ですが、現在VTuberのファンである若者がやがて小学生の子供を育てるころには、VTuberに抵抗感のある保護者は少なくなり、10代前半以下の子供にもVTuberが受け入れられると考えます。そうなれば、小中学生向けの教育系VTuberも当たり前の存在になっていくでしょう。これは、マンガ・アニメ・ゲームが教育に取り入れられるようになった流れと全く同じです。

一方で、VTuberであることを理由に興味をもたれることはなくなっていくと考えます。現在でこそ、「VTuberという新奇なこと」をやっているという理由で注目される側面がありますが、本来は教育系YouTuberをする上で、VTuberである必然性はあまりないのです。たとえば顔出ししたくないなら、手元だけ出すなり、スライドだけ映して声だけ出すなりすればいいですし、肉声も出したくないならボイスチェンジャーや合成音声を使う手もあります。教育系VTuberをやるなら、そのキャラクターを売りにしていかないと割に合わないのではないでしょうか。

実を言うと、私、朝森久弥自身が、2021年7月にデビューした教育系VTuberなのですが(しれっと、冒頭の表にも載せています)、YouTubeで活動する上でVTuberを選んだ理由は「顔出ししたくない」という一心からでした。それで講義的な動画を延々と投下するうちに、VTuberであることのメリットを活かせていないことに気づいたのです。ですから今後は、VTuberである私自身に興味を持ってもらえるな方向で活動をしていくつもりです。だからと言って、直ちにゲーム実況をやるわけではありません。ただ、単なる情報提供だけではなく、人となりが伝わるような発信を心がけたいと思います。

朝森久弥(と、相棒の相田知広)のYouTubeチャンネル名は「同人サークルCURIOSIST」です。私はここで、進学校を中心にした学校教育情報を語っています。ちなみに、noteはフォーマルなところだと思っているので一人称が「私」ですが、YouTubeでの一人称は「僕」にしています。もともと「僕っ子」なのです。

最後に、私の人となりを知ってもらう上では、私の著書を読んでもらうのが手っ取り早いと思いますので、著書の通販リンクを貼っておきます。いずれもメロンブックスという同人誌書店で売っています。リンク先に紙面サンプルがありますので、どうぞ一度ご覧くださいませ。

今後も、ひとりでも多くの教育系VTuberが健やかに活動し、それを一人でも多くの人が楽しめる社会が続くことを願っています。

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