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入学しない大学にも入学金を払う国、日本

今回の記事は、2月23日にした以下のツイートを深堀りしたものです。

日本の大学の学費には、入学金や授業料、施設設備費などがあります。このうち入学金は、大学に合格した後の入学手続きのときに支払うもので、1校につき20~30万円が相場ですが、一度支払うと原則として返還されません

たとえば、東京大学文科一類を第一志望とする受験生が、早稲田大学政治経済学部と東京大学文科一類をそれぞれ一般選抜で受験したとしましょう。2023年は、早稲田大学政治経済学部は2月20日に、東京大学文科一類は2月25日・26日に個別試験がありました。早稲田大学政治経済学部の合格発表日は2月28日で、入学金(20万円)の支払い締切日は3月7日です。一方、東京大学の合格発表日は3月10日です。つまり、早稲田大学政治経済学部の入学金支払い締切日の時点では、東京大学に合格したかどうかは分かりません。けれども入学金を締切までに支払わなければ、早稲田大学への入学資格を失います。東京大学に不合格だった場合に早稲田大学に入学するためには、3月7日までに早稲田大学に入学金を支払わなければいけません。その後、3月10日に東京大学に合格したことが分かり、早稲田大学への入学を辞退する場合でも、早稲田大学に支払った入学金20万円は返ってこないのです。

早稲田大学政治経済学部は、入学金以外の学費の支払い締切日を3月24日に設定していますが(2023年の場合)、授業料なども含めて一括に支払いを求める大学もあります。大昔には、一度支払った学費は授業料なども含めて返還を一切認めないとする大学もありました。これを不服とする訴訟が起きたところ、2006年に最高裁判所が、
「入学金は返還不要。それ以外の学費は3月31日までに入学辞退を申し出れば返還すべし」
という判決を出しました(以下のリンク参照)。

この判決が出てからは、日本の大学では「入学金=入学する権利の対価」とみなされるようになり、一度支払った入学金は入学を辞退しても返還不可という慣例が確立しました。
なお文部科学省の調査によると、アメリカ合衆国など、海外の大学では入学金がないところが少なくありません。たとえば、アメリカ合衆国の大学は入学手続き締切日を5月1日に設定している大学が多く、この日をCollege Decision Dayといいます(アメリカ合衆国の大学は9月入学が多い)。複数の大学から合格をもらった場合、入学手続きする大学をCollege Decision Dayまでに決めればよいので、特別な事情がない限りは学費の二重払いという事態には陥らないのです。授業料は日本よりずっと高いですが…。

一方、日本では入学手続き締切日が大学によってまちまちなので、入学する権利を一定期間保持するために入学金という仕組みが利用されています。もっと言うと、辞退する可能性がある受験生からも徴収する入学金は、大学の貴重な収入源のひとつになっているのです。
大学受験を受けるには受験料も支払います。これも決して安くはないですが(国公立大学は1校1万7000円、私立大学は1校3万5000円が相場)、受験を実施する経費と考えられなくもありません。合格者に対しても、辞退されたとしても大学側で何かしらの手間は発生するでしょうが、その経費として20万円は高いというのが率直な感想です。やはり、“滑り止め”確保の対価として背に腹は代えられないと受験生(の保護者)に思われているからこそ、成り立っている慣行だと言えるでしょう。

入学金をめぐる攻防

受験する大学の数が増えれば増えるほど、入学金への対応はますます複雑になります。下手をすると“滑り止め”の大学だけでなく、“滑り止め”の“滑り止め”の大学にも入学金を払わないといけなくなるのです。とくに私立大学志望の場合は3~5校受験もよくありますから、受験生(とその保護者)はみなこの件に神経をとがらせています。
具体例で考えてみましょう。東京大学理科一類を志望する受験生が、私立である慶應義塾大学理工学部と東京理科大学工学部を併願しようとします。この受験生は東京大学理科一類が第一志望、慶應義塾大学理工学部が第二志望、東京理科大学工学部が第三志望だと仮定します。
東京理科大学工学部の入試には、大学入学共通テストの点数だけで合否が決まるA方式と、大学で個別試験を行うB方式があります(ほかにもありますが割愛)。A方式で合格がもらえるなら、わざわざ大学に個別試験を受けに行かずに済むので楽そうですよね?
2023年の場合、東京大学と慶應義塾大学理工学部、東京理科大学工学部の個別試験日・合格発表日・入学金支払い締切日は次の通りです。

◎東京理科大学工学部(A方式)
個別試験:なし/合格発表:2月14日/入学金支払い締切:2月17日

◎東京理科大学工学部(B方式)
個別試験:2月8日/合格発表:2月24日/入学金支払い締切:2月28日

◎慶應義塾大学理工学部
個別試験:2月12日/合格発表:2月24日/入学金支払い締切:2月28日

◎東京大学理科一類
個別試験:2月25日・26日/合格発表:3月10日/入学金支払い締切:3月15日

東京大学理科一類と慶應義塾大学理工学部に加えて、東京理科大学工学部(A方式)に出願したとします。最初に合格発表があるのは、東京理科大学工学部(A方式)ですよね。これに合格した場合、入学金支払い締切日は2月17日です。慶應義塾大学理工学部の合格発表が出る前なので、東京理科大学に入学金を支払うしかありません。さらに、慶應義塾大学理工学部にも見事合格したとします。入学金支払い締切日は2月28日と、東京大学理科一類の合格発表が出る前なので、慶應義塾大学にも入学金を支払うことになります。
この受験生が最終的に東京大学理科一類に合格・入学したとしても、東京理科大学と慶應義塾大学の2校に入学金を支払う羽目になりました

そう、入学金支払いを節約したいなら、東京理科大学工学部はB方式で受験するべきなのです。そうすれば、東京理科大学工学部と慶應義塾大学理工学部は合格発表が同日、入学金支払い締切日も同日になるので、どちらか片方にだけ入学金を支払えば済みます。両方に受かったなら、この受験生の場合は慶應義塾大学にだけ支払うということですね。

このように、とくに私立大学を複数受験する場合は、受験日程の組み方次第で必要な入学金支払い額が変わってきます。言い換えれば、入学金をいくらまで支払えるかによって、受験日程の組み方の自由度が変わってくるのです。当然、支払えるお金が多ければ多いほど、自由度が高い受験日程が組めます。

私立大学では利益追求のため、できる限り多くの受験生から入学金を徴収できるように支払い締切日を設定します。一方、受験生も入学金支払い締切日を念頭に置いて出願先を検討するので、あまりにアコギな締切日を設定すると、受験生が減ってしまいかねません。たとえば2023年の場合、沖縄県の私立大学である沖縄国際大学の一般選抜では、入学金支払い締切日を3月9日に設定しています。沖縄県では国立である琉球大学のブランド力が高く、琉球大学は3月8日に前期日程の合格発表をします。沖縄国際大学はその翌日まで入学金支払い締切を伸ばすことで、琉球大学と併願してもらいやすくしているのですね。
とは言え、日本の私立大学は国公立大学の合格発表よりも前に、入学金手続き締切日を設けていることが圧倒的に多いです。

高校受験や中学受験では?

日本では、高校受験や中学受験にも入学金の支払いが必要です。

ただし、私立高校のうち、公立高校と併願されることが多い高校の一般選抜では、公立高校の合格発表後まで入学金の支払いを待ってくれることが多いです(公立高校の合格発表日は都道府県ごとに統一されています)。この場合、公立高校に受かれば私立高校への入学金の支払いはしなくて済みます。
一方、その地域の公立高校に比べてブランド力が高い私立高校は、入学金の支払いを公立高校の合格発表後まで待たない傾向があります。待ってくれたとしても「一部は払って」と言われることもあり、この辺りは学校間の力関係が反映されているように思います。

中学受験では、合格発表当日~数日以内に入学手続きを済ませなければいけない学校が多いです。試験日が集中しているとは言え(首都圏では2月1~3日がピーク)、やはり“滑り止め”の学校に入学金を支払わなければならないケースが多発します。一方、埼玉県の栄東中学校のように、合格発表は1月中にするものの、中学受験シーズンが終わる2月10日ごろまで入学金支払いを待ってくれる学校もあります。だからこそ栄東中学校は、毎年のべ1万人以上の受験者を集めることができるのですね。

一般選抜だから公平と言えるのか

入学しない大学にも入学金を支払い、それが返還されないことが問題視されるのは、主に一般選抜での話です。学校推薦型選抜や総合型選抜の場合、試験日が早く、合格したら必ず入学することを条件としていることが多いので、少なくとも試験日までは他の学校を受験していないからです。大学受験にかかるお金だけを見れば、いわゆる指定校推薦で1校だけ受験して合格するのが最も安上がりな選択肢だと言えるでしょう。

一般選抜は試験の点数で合否を決めるという点で公平性が高い選抜方法だとよく言われます。しかし、一般選抜ではどの学校を併願するかが、受験生のパフォーマンスに少なからず影響を及ぼします。受験生が“滑り止め”の合格を確保してから本命校の受験に臨みたいという思うのは当然ですし、負担が少ない試験方式を選びたいという受験生も多いでしょう。しかしそうするには、受験料や入学金を払えるお金が必要なのです。さもなければ、かつての私のように、国立大学一本で受験に臨むしかありません。受験のためにどれだけお金を出せるかが、一般選抜の受験機会を左右するのです。

日本では最近、日本学生支援機構が給付型奨学金を始めるなど、大学進学に関する経済的支援を拡充する動きが続いています。たとえば、東京都の受験生チャレンジ支援貸付事業では、受験料の捻出が困難な一定所得以下の世帯に必要な資金の貸付を行っています。

この制度を活用すると、受験料は実質無料にすることができますが、入学金は対象になっていません。世帯の所得によっては入学金が免除される可能性もありますが、それは入学した大学に支払う入学金の話であって、“滑り止め”の学校に支払う入学金の話ではありません。大学入試で“滑り止め”ができるのは、20万円を自腹で出せる世帯に限られているのです。
前述のように、高校受験では入学金支払いを待ってくれる私立高校が多いので、公立高校受験生の大多数が“滑り止め”を作ることができています。大学受験において経済的支援を推進するのであれば、受験料よりもずっと高額な入学金に対してこそ、何らかのケアがあってもいいのではないでしょうか。

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