私が運動を嫌いになった理由

春になり、昔のことを思い出したので綴ってみます。

私は小学校~中学まで9年間、体育の通知表は「1」でした。
高校では10段階評価だったので4くらいだったような。

小学校1年生の頃、1型糖尿病となり3年近く病院を転々とし入院生活でした。今の主治医にあたり青春時代もすごせて成人し、36歳の今、健常者と変わらず生きています。
どんくさくて、運動神経がもともとない自覚はありました。
野球のルールはわからないし、足は遅い。
ボスっぽい女の子に怒られてました。
なのでサボって学校の汚いゴキブリが出る倉庫とかでいつもさぼってました。
そういうところにボス女子もギャルもキラキラ女子も男子も先生も来ませんからね。
中3までそれを続けてました。
中1の時、ノリで入ってみたソフトテニス部もギャルのノリとかについてくのがしんどかったし、ボス女子が怖かったので退部を先生に申しでたとき

「君みたいな人こそ運動した方がいいと思うんだけどね?」


え、私みたいな人って1型糖尿病あるから?
それとも別の意味か。
今でもわかりません。

「あいつ倒れたら砂糖食わなきゃいけないから放っておけ」

これは体育の先生(女性)に言われた言葉。
この2つの言葉で、私は体育という授業にでる意味を見出せず。
運動は通学で使う自転車、満員電車で立ち続けることだと思い、犬の散歩しかしてませんでした。
体系気になる頃はお風呂を長湯して体重減らしてた。

34歳の頃、コロナワクチンで左腋窩神経損傷(下手な人に注射されてしまった・・・)となり今は左をかばっていた影響で右が五十肩・首ヘルニアとなってしまった。整形でお医者さんやリハビリの先生(とても優しい)の話きいていて日々の運動、しとけばよかったのかなぁって思うんですよ。
年を重ねるとただでさえ生理不順なので生理痛は年々増していく。
筋肉量をそもそも増やさないとやせにくい体になるようです。

中学生の時、結構、いやあまり「いい子」ではなかったのかもしれない。
体育以外の授業は出てたけど、授業中らくがきばっかして、
倉庫でマンガ読み更けてたとき友達になってくれた子と手紙のやりとりしてたなぁ、懐かし。

以上、結果今でも運動は嫌いです。
無理に好きになろうとするのもストレスになるんでしません。
でも基本3キロくらいは歩いて移動はできるからそこでカバーかな。




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