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出港前夜【一人芝居用脚本】

『出航前夜』

【一人芝居 / 小道具:タバコ、ライター、灰皿】

暗闇、背の高い灰皿と役者一人。タバコに火をつけて吸う。
煙を吐くと照明が落ちる。

「演劇のさあ、夢を見るんだよね」

軽く吸い、吐きながら。

「本番前とかじゃなくて、なんの関係もない今の時期に。本当に関係ないのな。笑っちゃうよな、笑えないかぁ、いや笑った方がいいと思うけどね」

一服。

「本番前はさ、わかりやすいじゃん、焦ってんだかプレッシャーだか、演ってる最中に急にセリフがでてこなくなるとか、蛍光灯がついて上演が終わるとか、本番始まってる時間に遅刻して着くとか、そういう夢だから。夢、なあ、夢」

一服。

「遅刻して舞台に駆け込んで、セリフが出てこなくて止まってる間に蛍光灯がついて劇場が解体されて、ただの駐車場になる夢、見たことあるけどさ、最悪だよな」

「夢だよ、夢。夢の話」

深い一服。

「主宰やってるとさあ、劇団の、主宰。だ〜ぁれも来ない夢を見るんだよ。現場に誰も来ないの。役者もスタッフも誰も。朝の9時に劇場に仕込みに行くじゃん、そうすっともう誰もいないわけ。あれ〜おっかしいな〜、なんつってタバコ吸ってるとさ、現実だと音照さんが来るじゃん、まず先に、音響さんと照明さん。来ないんだよな。9時に開くはずなのに、劇場さんもドア開けに来なくて。タバコ吸ってんだけど、な〜んとなく気づくんだよな」

「その劇場、もう灰皿ないんだよ、全面禁煙。喫煙所、ないの」

一服。

「夢の中のタバコって味がしなくてさ、吸っても吸っても冷たいんだ。待っても待っても誰も来なくてさ。そのうち客が来たらどうするんだよ、って思うじゃん? いや、誰も来ないんだって、制作さんも、手伝いの子らも、誰も来ないの。客なんか来るわけないよ、一人しかいないんだから」

「一人だけ、自分一人だけが劇場の前でポツーンと立ってタバコ吸ってて」

灰皿でタバコの火を消す。

「そんなの誰が見るんだよ、って、目が覚める」

箱から新しいタバコとライターを出す。

「夢だからさ、後からいくらでも理由づけはできるんだよな。劇場間違えて到着してました〜、とか? まあそれでもいいけど。主宰一人が取り残されて、だ〜れも来ないんだから」

タバコに火をつけ、吸う、吐いて、また吸って、吐いて。

「いや。なんの話っていうか、夢の話なんだけどさ。夢って夢のままだから美しいわけで、現実はひどいもんよ、汗まみれクソまみれ、へへ。物事を決める時ってのはさ、現場じゃだめなんだよ、情に動かされちゃうから、数字だけ見なきゃ、冷静になってさ」

吸おうとして、やめて。

「宇宙船、飛ぶと思う? そりゃ飛ぶだろうけどさ、着くかな。ちゃんと、その、星に? 理論上とかじゃなくて? だって10人とか20人じゃないよ、5000人だよ、5000人。5000人が乗り込んでさ、なんとかクラフトで、バーって、いくかなあ」

吸って、吐いて。

「ボイコット、ってのはどうかな」

「タイミングもあるけどさ、5000人全員とは言わなくてもだよ、こう、半数くらいが乗らなかったら、船、飛ばないんじゃないかな」

タバコを消して新しいタバコを出して。

「わかるだろ、俺たちが行かなかったら、誰も手伝わなかったら、なーんにもできねんだって、あいつら」

火をつけようとするが、うまくつかない。

「なんもできねんだって、一人じゃなんも」

火のついてないタバコをもてあそぶ。

「まあ、いくけどね。一人でも、船が飛んだら、行くなあ。だってこっちにいてもなんもやれることないからね。金もないし、仕事もないし、家族もないし、向こうに行ったらさ、無事に着いたら、なんか趣味が欲しいな、なんでもいいんだ、石を彫るとか、そういうの。何にもないんでしょ、だったら一から作るのもいいかなって」

ライターに火がつく。タバコには火をつけない。火を消す。

「そっか、何にもないんだ」

招集のサイレンが鳴る。音の鳴った方を見る。
タバコの箱とライターを灰皿の上に置く。

「それじゃ、また会えたら」

暗転。

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