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「使い方だよ、倒置法の」

 倒置法とは、通常とは語順を逆にすることで言葉の印象を深める修辞の技法だ。脚本術においては、決め手となるセリフに使われる場合が多い。

 本項では、使用する場合の用例を出しながら、その効果について書きたい。

用例1  先に出せ、答えから。

 たとえば物語の中間地点で、主人公を導く役柄が、主人公へ人生の大切なことを伝えるとする。内容はなんでもいいが、とりあえずここは「悩む前にやれ」って話ってことにしておこう。まずは通常の語順で話す場合。

A「悩んでる暇があるなら、悩む前にやれ。書いて書いて書きまくって、それから考えろ」
B「はい!」

 悪くはない。言っていることの意味も伝わる。だが、これをインパクトのある対話にしたいなら、もう少しの練り込みが必要だ。ここで主人公が「悩む前にやれ」を座右の銘にするほど感銘を受けて、物語の後の方で出したいくらいの言葉にしたい。

 そこで役に立つのが倒置法だ。

A「悩む前にやれ」
B「えっ?」
A「悩んでる暇があるなら、書いて書いて書きまくって、それから考えろ」
B「はい!」

「結論」や「答え」「解決策」というものは、その言葉単体では伝わりづらいことが多い。ぼくたちは普段の会話において、まわりくどく前提を話して最後に結論を一度だけ言うからだ。だが、君がこれから書くのは脚本だ。伝わるかどうかわからない可能性に賭けて失敗をするわけにはいかない。

 だから、言いたいことを最初に出す。すると、その言葉は唐突に現れた異質なものとなり、観客に強い印象を残す。後からフォローはいくらでもできる、だから答えから先に出す。

 では、一方的ではない対話の場合はどうだろう。

2 後出しにするんだ、本心を。

 日常会話では単語の反復そのものが虚構性が高いものとして忌避される方向にある。そこで日常会話的な対話において、重要な言葉を反復させる場合の手法を紹介しよう。

1 悪いとも言えないが、特に良くもない例

A「言いたいことがあるんだろ?」
B「別に、何もないよ」
A「聞いてやるから言えよ」
B「何もないって」

 例えばこの対話の出てくる物語では「自分の言いたいことを言えるようになる」ことが重要だとする。ところが上記の会話では「Aは言わせたい」「Bは言いたくない」という目の前の現象の方が強く伝わってしまう。

 さあ、使ってみよう、倒置法の出番だ。

2 良いと言っても差し支えない例

A「あるんだろ、言いたいことが」
B「何もないよ、別に」
A「言えよ、聞いてやるから」
B「ないって、何も」

 このように倒置法を使うことによって、会話の中に含みが生まれてくる。1では自分の主張を押し付けるだけだったAは2では物腰が柔らかくなり、1では拒否だけをしていたBは2で「言いたいことがあるのに否定が先に出てしまう」弱さや「本当は言いたい」という気持ちを表現せざるを得なくなる。

 重要なテーマだからこそ、単なる会話ではなく「生きた生の対話」にしたい。言い淀みや、語順の混乱、咄嗟に出てくる言葉の違いが、生々しさを感じさせる手助けになる。

 それらをわかり、選択できるようになったら、あえて1を選ぶこともできる。

 選択肢は無限だ。

 最後に衝撃を与えるための倒置法をお伝えしよう。

3 きれいな顔してるだろ、ウソみたいだろ、もう死んでるんだぜ

 もしかしたら、日本で一番有名な倒置法かもしれない。状況は変化した、もう取り返しはつかない、物事が悪化した状態を表すのに、倒置法ほどよい修辞はない、その好例だ。もし、これが逆ならどうだろう。

「もう死んでるんだぜ、ウソみたいだろ、きれいな顔してるだろ」

 これでは、ただの個人の感想だ。そもそも死んでる人の顔を見て「きれい」と思うことに、あまり多くの人が共感を得るとは思えない。先にきれいと思うからこそ、それがウソみたいな「死んでいる」という事実と結ばれて驚きを生む構造になっているのだ。

繰り返すのだ、すべては。

 最後に「脚本の構成」つまりプロット作りにも使える倒置法的施行法をプレゼントして、この項を終わろう。

 人は生まれて死ぬ、別れて出会う。そう、物語は始まって終わる。

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