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雑多ショートショート

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2019年3月の記事一覧

私の恋人

 死んだ恋人がくまになって帰ってきた。
 にわかには信じがたい話である。
 しかし、ふわふわとした若干O脚気味の歩き方も、猫のように丸まる癖も、作ってくれた味噌汁に入っていたミニトマトも、へたくそなウインクも、すべてが私のよく知る彼女のそれだった。私と恋人の、ふたりだけが共有していたはずの決まり事や秘密、合言葉の数々も彼女は知っていた(少なくとも「ヨークシャテリア」という単語ひとつで腹を抱えて転げ

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親子

 困ったことがある。
 友人が産んだこどもが、どうしても化け物にしか見えないのだ。
 一体どうしたことだろう。「抱っこしてあげてよ」という彼女の言葉をかわしきれなかった私の腕の中で、あの物体がうごめいた瞬間のことを思い出すだけで震えが走る。両手にはいまだに、暖かく湿った鱗の感触がしつこく残っている。それなのに、どうやら医師や看護師その他道行く人々の反応を見る限り、私以外の人間にとってそのこどもはた

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効能

 ホットケーキを作ろうと思い立って冷蔵庫を覗いた直後、「あ」とも「ん」ともつかぬ音が喉の奥から漏れた。
 どうやら十日ほど前、元同居人が買ってきたのは鶏卵ではなく「ゆめたまご」だったらしい。「ゆめたまご」というのは、それを食べると「幸福な夢」をみることができるという代物である。分かりやすいネーミングだ。元々は不眠を解消するために開発された医療薬(いわゆる睡眠導入剤というやつである)の一種であったが

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たかが5秒

 ラジオから流れる音に時折妙なものが混じるようになった。
 よくよく聞き続けてみるとその正体は、現在からみて5秒後の未来に生じることになる音のようだった。例えば何かが割れたような音がラジオから聞こえてきた5秒後に部屋の外から窓ガラスの割れる音が聞こえ、「ハッピーニューイヤー」という賑やかな声が聞こえてきた5秒後には、点けっぱなしにしていたTVから響く、5秒前と全く同一の「ハッピーニューイヤー」によ

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