親子

 困ったことがある。
 友人が産んだこどもが、どうしても化け物にしか見えないのだ。
 一体どうしたことだろう。「抱っこしてあげてよ」という彼女の言葉をかわしきれなかった私の腕の中で、あの物体がうごめいた瞬間のことを思い出すだけで震えが走る。両手にはいまだに、暖かく湿った鱗の感触がしつこく残っている。それなのに、どうやら医師や看護師その他道行く人々の反応を見る限り、私以外の人間にとってそのこどもはただの愛すべき赤ん坊でしかないようなのだ。今だって「かわいい子ぉだねぇ」と目を細めた老女が、腐りかけのリンゴを思わせる化け物の頬(とおぼしき場所)を、皺の寄った乾いた手で撫でている。傍らの友人は美しい宗教画を目の前にした少女のような微笑みを浮かべている。私だけが麗らかな日だまりのなかで冗談じみた悪夢を見ている。
 こどもの父親は、彼女の妊娠が分かった直後に行方をくらました。
「私の頭がおかしくなった」という結論が一番現実的で平和的なのだ。わかっている。しかし私はとある可能性を無視し続けることが出来なくなってきている。
「ねえ。あなたってさ、」
 振り返った彼女の顔を、私は直視することが出来ない。
 ゆりかごの中の異形が「きぃ」と小さな鳴き声をあげた。
                     〈了〉  

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