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見ず知らずの人から日本語について説教されたお話。

これは、私がとある大きな文化施設でアルバイトをしていたときのお話です。

その施設は18時で閉館でした。
とはいえ、18時を過ぎても鑑賞をつづける方は大勢いらっしゃいます。私は「恐れ入りますが、閉館時間です。ご鑑賞をお急ぎくださいますよう、お願い致します」と、フロアの全体に向けて広報をしてまわりました。

すると、一人の中年男性が近づいてきました。そして、私の耳元でこうささやくのです。
「『閉館時間』じゃなくて、『閉館時刻』が日本語として正しいんだ。『閉館時刻』と言いなさい」

どういうこと……? 私の頭のなかに、たくさんの「?」が浮かびました。
それでもめげずに、「閉館のお時間です」と言っていたら、その男性は何度もしつこく「だから、『閉館時刻』と言え!」と、迫ってきました。

さて、その人の主張をまとめるとこうなります。
①「時間」という言葉は、ある一点からある一点への時の経過をあらわす。つまり、幅がある。一方「時刻」はその瞬間の一点をさす。
②閉館は18時ぴったりであり、その瞬間の一点なんだから「閉館時刻なんだ!」

などということを、私の耳元で延々つぶやいてくるのです。
こ、こわいんですけどぉ……。近いんですけどぉ……。

しかし、この人の言ってることって、本当に正しいんだろうかと、一方的に言われつづけながら考えてもいました。
皆さん、「閉館時間」と「閉館時刻」どちらが正しいと思いますか?

とりあえず、男性の主張①は正しいですね。
「時刻」が使われる代表は、電車や飛行機だと思います。出発時刻、到着時刻です。つまり、ある瞬間の一点をさしていて、「出発しつづける」ことはできないし、「到着しつづける」こともできません。

さて、問題は②です。
閉館は本当に瞬間の一点なんでしょうか? だって、日本中の誰も「閉館時刻」「閉店時刻」なんて言っていませんよね。言ってるの、この人だけですよ(たぶん)。
時刻は「しつづけることができない」という観点から考えるとどうでしょう。
一度、「閉館」したら、次の朝までずっと閉まってますよね。つまり18時から翌朝10時まで「閉館しつづけて」ます。
「開館」も同じです。開いた時点から、閉まるまでずっと「閉館しつづけ」てます。

時間に幅があるやないかい! 私は心のなかで叫びました。
結局、この人の言っていることは間違いだと私は結論づけました。
「閉館時間」「開館時間」でいいんです。
何しろ、洗脳のようにずっとつぶやいてくるので、あやうくだまされかけるところでした。
「だ、か、ら! 『閉館時刻なんだって!』」と、放っておけばいつまでも言いつづけそうな勢いです。

だからといって、まさかお客様に議論をふっかけるわけにはいきません。私は右から左に受け流しました。
もちろん今まで、どんな面倒なお客様に、どんな面倒なからまれかたをされようとも、きちんと面と向かって対応してきました。対話をしてきました。しかし、このときだけは完全に無視してしまいました。すみません、許してください。

だいたいね、退館をお願いするほど居座っているんですよ、その人。
18時10分とか15分とかまで居座っているんですよ、その人。

仮に閉館が時刻だとしても、あなたのせいで18時ぴったりに閉まらないんですけど! 閉館作業の時間に幅が生まれてるんですけど!
などとも、もちろん言えません。閉館が時刻だと主張するなら、少なくとも18時になった瞬間に出てくださいよ、お願いしますよ。

その人は、今もどこかで「閉館時間ハンター」として活動しているかもしれません。文化施設等で働いている皆様はお気をつけください。


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