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短編小説 「白昼夢」

中間テストがせまっていた。
「勉強しなくてはならない日に限って天気がいい。」とトオルは思う。
空には雲一つない。初夏の日差しが燦燦と降り注ぐ。
どこかへ出かけたい一日だ。

テスト前には自習時間が増える。プリントをもらって一人で勉強することも多い。テスト範囲がすでに終わっているからだ。
今日も1限目から自習ばかりだ。
今は4限目。英語の時間だが、復習プリントが配布されてLesson1の内容をそれぞれで見直す。

トオルはバレーボール部の大会がせまっていたので、そちらに気を取られてテスト勉強に身が入らない。赤点は避けなければならないので、面倒だと思いながらもプリントを見る。

問題が並んでいる。

問1 「すみません」とI’m sorryは異なる。本文によれば、その理由は何か。

4月の最初、新クラスになって緊張していたころに習った内容である。授業に集中できていたころだ。

これは分かるな、とつぶやく。
教科書のPart1をめくる。しっかりメモ書きがある。
「すみません」は謝るときだけでなく、プレゼントをもらったときや人の前を通るときにも使える。一方、I’m sorryは謝るときしか使えない。
教科書通りにプリントに書き込む。

問2 本文によれば、コミュニケーションにおいて大切なことは何か。

相手の話をよく聞くことだろ、と勝手に思いながら、教科書をめくる。
どこを見ればいいんだ。
Part1にはない。Part2の英語ははっきりわからない。
Part3は全く分からない。教科書には何の書き込みもない。

すでにゴールデンウィークの前から授業に集中していなかった。しばしば授業中は左手で顔を支えて右手にシャープペンを持って、起きているふりをして寝ていたのだ。

importantという単語が目に入ったので、その文を読んでみるが、意味がつかめない。
重要な・・・シチュエーション・・・文化・・・

解答するのを諦めかけて、肩のこりを感じたので首を回したとき、窓際の席のカナコが机に顔をうずめて眠っているのが目に入った。カナコが怒られる、と思い先生の方を見たが、先生は自分の仕事があるのか、生徒の方を見ていない。

カナコが授業中寝ている。まじめなカナコが・・・

新クラスになってすぐ、トオルはカナコが気になっていた。単なるフィーリングだが、自分と合う子だと感じていた。

再び、教科書に目を落とすが、頭の中は気持ちよく眠る彼女のことでいっぱいになる。
「どうしたのかな。」トオルは考える。あれこれ考える。
プリントの問題を見ているが、頭の中は別世界になっている。

「授業が終わったら、話かけてみようかな。」別世界の扉が開く。

彼はこれまでカナコとはまともな会話をしたことがない。

カナコに話しかける自分を想像する。

「ねえ、さっき、寝てたでしょ。」
ぎこちないオレ。
「うん、寝てたけど。」
警戒するカナコ。
「珍しいじゃん。どうしたの。」
少し声が上ずるオレ。
「最近、勉強に集中できないの。ダンスにかけているからかなあ。」
普通になったカナコ。
「そうか。オレと同じだ。オレもバレーボールにかけてるよ。勉強はメッチャ嫌いだから、授業は寝る時間。」
のってきたオレ。
のったオレは言う。
「今日は部活ないでしょ。一緒に勉強しようよ。ていうか、勉強教えてよ。」
「うーん、勉強かー」とカナコが言いかける。

突然、頭の中で大きな音がする。「キーンコーンカーンコーン」

現実世界では、チャイムが授業の終わりを告げている。
トオルは「夢」から覚める。

やがてチャイムが鳴り、トオルの青春は終わる。(三田誠広「やがて笛が鳴り僕らの青春は終わる」より)

先生にあいさつして、昼放課となる。男子は購買へ走る。女子はトイレに急ぐ。
夢うつつのトオルはゆっくり周囲を見渡してみるが、カナコは教室にいない。彼は夢から抜け出せていない。

実は、カナコは、トオルが寝ているのを見た直後に目を覚まして、プリントの答えを一生懸命書いていた。授業が終わると同時にトイレへ向かっていたのだ。

ぼんやりしたまま立ち上がり、体の揺れを感じながら、トオルは購買にパンを買いに廊下を歩いていく。
トイレを終えたカナコが、クラスの女子とこちらへ歩いてくる。
トオルとすれ違うとき、カナコはトオルに気づくこともなかった。

トオルはカナコの後ろ姿を呆然と見送った。
「一緒に勉強をするのかしないのか、はっきりしてくれ。」という叫びを押し殺しながら。

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