見出し画像

【小説】楽しんで、政宗。

こんにちは! 緒川ゆいです!
連続投稿三回目。
ふふ。なぜか小説で挑戦(笑)
よろしければぜひ、お読みいただければ幸いです♪

ハッシュタグは、
#新生活をたのしく

----------------------------------------------------------------------------
 やりたい仕事なら大抵のことは我慢できる。
 まあ、そうかもしれない。とはいえ、たとえ好きな仕事だってこう何回も修正依頼が来たらさすがに投げ出したくもなる。
 修正依頼メールを眺めながら、青桐(あおぎり)は重いため息をつく。
 青桐は代筆家だ。技能を売り買いするサイトにおいて、手紙や、短歌、はたまた大学の課題レポートなど幅広く請け負っている。それほど儲かりはしないが、リピートしてくれる顧客もついてくれて、なんとか続けられている。
 が、個人相手の仕事が多いため、顧客によっては何十回とやり直しを命じられることもまあ、ある。

「あたしの腕が悪いって話もあるけどねえ」

 あああ、と伸びをしたとき、玄関で音がした。夫の政宗が帰ってきたらしい。
 やば、夕飯の支度まだだった! と青ざめながら青桐は書斎として作ってもらった手作りのワークスペースから出る。

「おかえり、まあちゃん。ごめんね、ご飯、これから……」

 言いかけて青桐は眉を寄せた。
 玄関にいたのはやはり夫だった。が、いつも柔和な笑みが浮かべられているはずの夫の丸顔には、ここ数日、夫の顔に鎮座し続ける黒雲が今日もどっしりと腰を下ろしていた。

「まあちゃん、大丈夫……?」

 問うが、政宗はなにも言わない。なにかをこらえるように唇を噛み、靴を脱ぐと、スーツの上着を丁寧にコート掛けにかけ、洗面所で手を洗う。ハンドソープで念入りに指の間まで洗って、寝室へ向かう。
 彼の背中からじりじりと感じる、鬱屈した空気。これはきっと。

「また、あったんだね」

 背中を向けたままの政宗が、小さく首を引いて頷くのがわかった。

「あおちゃん、ごめん」

 漏れた声同様、丸い肩は小刻みに震えていた。

「俺、会社辞めていいかな」

 いいよ、と即座に頷いてやりたかった。けれど青桐は躊躇した。
 政宗はすでに転職回数が十回を超えていた。今度の転職活動もきっと難航する。それが予想できたから即答することを躊躇った。
 でも、政宗の心が血みどろになっていることは、彼の胸を裂かずとも見て取れた。
 青桐に向けられた背中もまた、傷だらけに見えた。

「今日も、だったんだ。遠山さん、伝えなきゃいけないこと、営業部に伝え漏れてて。俺、気づいたからフォローしたんだよ。でもそれ知った部長も、同じ部署の人もさ、遠山さんなんかいなくていいんじゃないか、大迫さんがいれば問題ないよね、って遠山さんに聞こえるように言って。俺……いたたまれなくて。苦しくて。遠山さんの顔、見られなかった」

 政宗は……優しい。優しくて……明るいところよりも暗いところ、大勢が集まるところよりも、ひとりでぽつねんとしている人に光を当てることに心を砕いている。そんな風だから自然と、要領が良くない人、不器用な人のフォロー役に回される。

──俺自身がさ、うまく周りと合わせられなくて辛い思いをしたからさ。同じような人、なんかわかるんだ。

 彼のその気質は、同じく周りと馴染めず苦しい思いをしていた青桐も見つけてくれた。
 だから決して間違ったものじゃないと思う。

「俺は、褒められたいわけじゃないんだ。誰かと比べられて凄いとか言われたいわけじゃないんだ。でも、俺がフォローすればするほど、遠山さんは苦しくなる気がする。一番許せなくなりそうなのは……俺までが遠山さんをいつか責めてしまいそうなことなんだ。なんでできないんだって、みんなみたいに……それが辛い」

 この人はいつもそうだ。なにも悪いことなんてしていないのに、褒められていいことをしたはずなのに、周りの痛みを勝手に自分の中に再生して苦しんでしまう。
 いつも、そうだ。
 前の職場でもそうだった。もともと仕事ができすぎ、かつ、周りが見えすぎてしまうゆえに、苦しそうにしている人を放っておけなくなる。そうしてその人の荷物まで背負った結果、自分が潰れていく。
 ある会社では部下の仕事を肩代わりし過ぎて過労で倒れた。
 ある会社では、仕事を肩代わりした結果、人の良さにつけこまれてやらなくていい仕事を他の人からも押しつけられ、成果だけ横取りされた。
 いつも、いつもなのだ。
 だから、転職をしたって繰り返しになるのは目に見えているのだ。いるけれど、でも。

──周りの形に自分が合わせないといけないなんてこと、ないんだよ。

 青桐がこんな普通じゃない仕事を続けられてきたのは、政宗のこの言葉があったからだ。

──あおちゃんは、あおちゃんの形でいい。欠けたところがあるなら、その欠けた穴をできる誰かが埋めればいい。そうやって埋め合って仕事も、生活も、やっていけばいいって思うんだよ。

 政宗はそうやっていつも埋めようとしてくれる。青桐にだけじゃなく、みんなに。
 でも、今の職場は政宗の中に開いた穴を埋めてはくれない。
 穴は広がって広がって……政宗さえ飲み込む。
 そんなのは……嫌だった。
 政宗の優しくて真っ直ぐな心がひしゃげていくことが、耐えられなかった。

「辞めちゃおう。政宗」

 青桐はうなだれる政宗の頭を抱きしめる。

「いいじゃん。新しいところで新しい人と出会う。最高にわくわくするじゃん」

 転職回数が十回を超えている。
 生来の気質ゆえに長続きしない。
 どちらも世間から見たら、「辛抱が足りない」で片付けられることだろう。
 でも、いいじゃないか。世間がどうだって。
 青桐は知っている。政宗がただの辛抱が足りない人なんかじゃないことを。
 誰よりも優しく、周りを見つめられる人であることを。
 そして多分、彼のその長所を見つけてくれる人は、青桐だけじゃない。

「そうそう。千堂くんから出張土産だってイチゴが届いたよ! あとで食べよ」

 まあるい肩をぽんぽん、と叩いて言うと、千堂くんが? と政宗が目を見張った。

「彼、いつもいろいろ送ってくれるなあ。なんか申し訳ないよ」

 千堂くんは政宗の前の前の会社の部下だ。仕事が遅くて、周りから疎まれていた彼を、政宗だけが必死にフォローしていた。彼は政宗より先に会社を辞めてしまったけれど、五年経った今も、折に触れて連絡を寄越してくれる。

「それだけ、政宗に感謝してるってことだよ」

 だからね、政宗。

 青桐は言葉には出さず、そっと政宗に呼びかける。

 大丈夫なんだよ。君は間違ってないんだよ。なにも悪くないんだ。
 君は君らしく、楽しくいられる場所を探せばいい。
 新しい生活を楽しめばいい。
 厄介なこともあるだろうけれど、大丈夫。
 君のそばには私がいるから。
 いくらでも、君の穴は私が、埋めるから。

 だから、楽しんで。政宗。
 新しい世界を探す旅を、いっぱい、楽しんで。

「さ、はりきってご飯作るから。着替えて着替えて。イチゴは牛乳と砂糖入れて潰す感じでオッケー?」

 問うと、政宗はちょっと目を潤ませながら、オッケー、と答えた。




 いつも支えてくれる夫に捧ぐ。

#新生活をたのしく


この記事が参加している募集

新生活をたのしく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?