エスパー イエツサン【ショートショート】

隣の家津さんは、エスパーであると公言して憚らない。
ある自治会の時、自治会長が、それでは今日はこれで、と言った途端に立ち上がり、実は私はエスパーなんです、と言ったのだ。そしてすとんと座った。座って何事もなかったかのような涼しい顔をしていた。
家津さん、推定年齢58歳。早期退職をして、退職金で隣の中古住宅を現金で買ったという噂だ。推定金額500万円。家族はなく、ずっと独身を貫いてきたんだそうな。推定4Kの家に一人で住んでいるらしい。
なぜ噂や推定なのかというと、家津さんは近所の人と話さないからだ。話さないと言っても、愛想が悪いわけでもなく、きちんと挨拶はする。ただ、必要以上のことは自分から話さないのだ。前に書いたように、自治会にも必ず出席していた。
そう、その自治会でのあの発言だ。あれがあるまでは、あまり付き合いのないなんだかよく分からない人、だったのが、すっかり変わった人になってしまった。
しかし、家津さんが超能力を使うところを誰も見たことがない。だから本当にエスパーなのか、自分をエスパーと思い込んでいる人なのかもわからない。だから尚更変な人扱いになってしまっていた。

いいお天気だな。両親は仕事だし、学校はウイルス騒ぎで休校だし、けれどお金もないし、遠くへ行っちゃいけないって言われてるし、散歩へでも行こうか。
桜の開花宣言もあったくらい温かいけれど、風が強い。パーカーを羽織って外に出た。
ふとお隣が気になって見ると、家津さんが庭いじりをしていた。
「こんにちは」
声をかけると、顔を上げ返事を返してくれた。
ふと、探ってみたい気持ちが湧き上がり、もうちょっと話してみようと思った。
「今日はいいお天気ですねえ」
家津さんは、笑顔で返してくれる。
「ええ、ガーデニング日和ですよ」
ガーデニング。家津さんには似つかわしくない言葉だが、そこは置いておこう。
「お花、新しく植えるんですか?」
「ええ、ちょうど今時分に植えるのがいい花なので。どっこらしょ」
家津さん、どうやら植え終わったらしく立ち上がった。水道のところへいくらしい。
「植えたらお水をやるんですか」
「そうなんですよ。土が乾いているので」
そう言って蛇口をひねるのかと思ったら、蛇口はひとりでに動いていた。
え?どうゆうこと?そういう蛇口なのか。
ジョウロがいっぱいになった頃、蛇口はキュッと言って閉まった。
家津さんは、よいしょいしょとジョウロを持ってくる。そして植えたばかりの苗にそっと水をやる。
「そ、それじゃあ」
動揺した私は、口を濁してその場を去った。
もしや、あの蛇口をひねったのが超能力なのか…?そんな…、せめて重そうなジョウロを浮かせたりすればいいのに…。まさか蛇口をひねるために超能力を使うなんて。
私は一人混乱しながら散歩を続けた。

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