見出し画像

ナツメグを持って【ショートショート】

ナツメグの致死量はスプーン2杯なんだって。
昔付き合った彼女が言っていた。
僕はスーツを着て、革靴を履いて出かけた。
そう、一番嫌いな格好だ。好きな服を終わりへの旅路に連れて行きたくなかったから。
僕はもう会社に行きたくないから、昨日で終わりにした。
昨日の帰り、みんな帰ったあとのオフィスで、デスクの上に退職届を置いてきた。
スマホは家に置いてきた。今頃会社からの電話が鳴っているかもしれない。いや、鳴っていないかもしれない。僕なんてきっと、誰も必要としていないのだから。
必要最低限のお金を入れた財布とナツメグの小瓶だけ持って、いつもの改札を抜け、でも、いつもとは違う、その時たまたまホームに入ってきた電車に乗った。
行き先は決めていない。いや、ある意味決まっているのか、終わりへの旅路なのだから。
ラッシュ時とは違って、車内に人はまばらだった。
同じ車両には、小さな男の子を連れた妊婦さんと、おばあさんが乗っているだけだった。が、その人たちもやがて降りていき、僕一人になった。
こんなに乗客が少なくて、採算が取れるのだろうか。は。僕は自虐的に笑ってしまった。採算だって?これから死地へ赴く僕が、未だに利益のことを考えていることに、嫌気が差した。
もううんざりなんだ。利益利益と言われ、身を粉にして働いても、将来への心配は尽きなかった。
僕はもう疲れたんだ。
結局、終点まで来てしまった。
失敗した。僕は山へ向かっていたのに、着いたのは海辺の町だった。途中で車窓から海が見え始めて、しまったと思ったけど、もう何もかも面倒くさくて、そのまま乗ってきてしまった。まあ海だっていい。ナツメグを飲んで、飛び込めばいいのだから。
電車を降りて、ぼんやりと坂を下って行くと、防波堤が見えた。
おじいさんが麦わら帽子をかぶって釣りをしていた。
僕はその様子をしばらく眺めていた。
「仕事はどうした?」
そのうちおじいさんがポツリと話しかけてきた。
「え?」
僕は意味がわからず聞き返した。
「スーツ着てこんなとこまで来て、どうしたんだ」
ああ、そうか。観光客には見えないな。スーツを着て、一人でこんなところにぼんやりと突っ立っているなんて。
「仕事は、辞めてきたんです」
僕は自分の口にした言葉に驚いた。見ず知らずの人に、何を喋っているんだ。
「釣り、やってみるか?」
おじいさんは大して驚きもせず、竿を押し付けてきた。
不思議と僕もそれを受け容れていた。
釣り糸を垂れていると、おじいさんが言った。
「海、広いだろう」
僕はぼんやりと聞いていた。おじいさんは独り言のように続けた。
「俺は海に生きて海に生かしてもらってきた」
ズボンのポケットからタバコを取り出して火をつけた。
「ちょっと、のんびりしてったらどうだ」
タバコの煙をふうっと吹き出す。煙は潮風に流されて、やがて見えなくなった。
煙の消えた先を見ると、はるか先に水平線がかすんで見えた。

30年の月日が流れた。僕は防波堤にぼんやりと立つ、スーツ姿の若者を見つけた。
「うち、民宿やってるんだけど、魚でも食べていかないか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


音声で、頂いた質問にお答えさせてもらってたんですが、おすぎちゃんから頂いた質問の、スリーサイズのみになりました。‥どうしよう、音声でそれだけ答えて「じゃ、また」っていうのもナンだし‥‥。ちょっとなんかネタを考えて、それとまとめようかしらん、と思っています☺

あれ?他に質問頂いてなかったですよね??もし読み飛ばしてたらゴメンナサイ(;_;)教えてくださいm(_ _)m

他にもなんか、お聞きになりたいことあれば、ドシドシ聞いてくださいませ〜✨

好きなモビルスーツとか(言うほど語れません(汗))、好きなアキラとか(石田彰)、好きな英明とか(徳永英明)‥。

ちなみに最後の晩餐は、伊勢うどんと手こね寿司の予定です(^q^)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?