真夏のエイリアン【SF ショートショート】

塩素の匂いがした。公園のプールかな。
蝉しぐれが煩い。汗が額から流れる。手の甲で拭った。
なぜこんな強い日差しの日に、ワンピース一枚で外へ出てしまったのか。日傘は刺しているけど、日焼け止めは塗ってきたけど、焼きたくないのに、真っ黒になってしまいそうだ。
暑い。白いワンピースは、白い日傘は、焦げてしまいそうだった。
午後2時。一番日差しの強い時間。本当になぜこんな時間に出てきてしまったのか。

「やっぱり…。まだいたんだ」
男は目を覚ました。公園のベンチの上、この暑さの中熟睡できるなんて、どういう神経をしているのか。
「ん…誰?」
寝ぼけている。
「全く…。誰?じゃないわよ!こんなとこで寝て!熱中症になったらどうするの!?」
「ねっちゅーしょー?」
はああ、と素子はため息をついた。
「あなた、行くとこがないのなら、うちへいらっしゃい」
男は、寝足りないのか、暑さのせいか、ぽーっとしたままうちへ付いてきた。

ドアを開けると、ひんやりした空気が肌を優しく冷やす。エアコンつけっぱなしにしてきてよかった。
「入って」
促すと、男はごく自然に部屋に入ってきた。が。
「ちょっと!くつ!なんで靴履いたままあがるのよ!」
「く…つ…?」
男はきょとんとしている。
「だから靴よ!これよ!」
素子が指差すと、やっと分かったようで、脱いだ。
「そのへん座って」
男に言うと、素子は冷蔵庫から麦茶を取り出した。
「お茶しかないけど」
テーブルの上にトンと置く。男はニコッと笑うと、のどが渇いていたらしく、一気に飲み干した。
「あんた、うちがないの?なんでこの暑いのにあんなとこに寝てたの?」
男は、昨夜素子のジョギングコースにある公園で寝ていたのだった。一瞬、酔っぱらいだろうと思った。普段だったら、むしろ絡まれないようにと、そそくさとその場を離れるのだが、なぜか妙に気になった。次の朝目が覚めてもやっぱり気になって、迷ったが、いても立ってもいられなくなり、真昼の暑いさなかに公園へ行くことになったのだ。
「うち?」
男はまたもきょとんとしている。それにしても、あの暑い中眠っていたのに、汗ひと粒もかいていない。来ている白いシャツもデニムもサラッとしているのだった。
「そうよ、うちよ。いく所がないから付いて来たんでしょ?」
男はきょとんとしたままである。素子は家の話題を諦めた。
「名前はなんて言うの?」
「なまえ?」
「あ~、フワッツユアネーム?」
男は何か思いついたように、突然素子の手を握った。
「わ!何すんのよ…」
「僕はエミル」
素子が手を振り払おうとすると、男が話し始めた。
「起こしてくれてありがとう。僕はスミノフ星からやってきたんだ。もうすぐ迎えの宇宙船がやってくる」
「え?な、何よそれ?」
素子は、ヤバイやつを連れてきてしまったと思った。警察に連絡しなきゃ、と思ったら、エミルとやらが、なんと掌に花を咲かせた。
「は?花?手品?」
エミルはニコッと笑った。
「怖がらせてごめんね。これ、どうぞ」
本物の花だ。どうやって出したの?それにしてもこの手を離してほしい!手を振り払うと、エミルは悲しそうな顔をした。
「手を握っていないと、君の考えてることがわからないんだよ」
「あ、あなた、本当に宇宙人なの?」
エミルはこっくりと頷いた。嘘だ。宇宙人なんているはずがない。…だけど、なんだか悪い人には思えないわ。
「君の名は?」
「え?も、素子…」
「素子。本当にありがとう。君が起こしてくれなかったら、僕、宇宙船に乗り遅れて帰れなくなるところだったんだ」
「そ!そうなんだ…」
素子はエミルの真剣さに、呆気にとられてしまった。
「う、宇宙船、いつくるのよ」
「もうすぐかな…」
「え?もうすぐって、どこにくるのよ」
「仲間が呼んでる…!ここだよ、ここに来て」
エミルは目を閉じて、誰かに呼びかけ始めた。え?ここってこのアパートに来られても!素子は慌てた。
「ねえ、宇宙船ておおきいんでしょ?ここに来られても…」
そのとき、耳をつんざくようなキーンとした音が鳴り響いた。窓の外に銀色の滑らかな物体が見えた。
「ああ、来てくれた」
エミルは何気ないことのように言ったが、素子は絶句していた。宇宙船は、表の道路の二階部分に駐車?していた。
「素子、短い間だったけど、楽しかったよ。お礼にこれを。星屑でできてるんだよ」
ニコッと笑うと、エミルはペンダントを渡した。ペンダントトップは浮かんでいて、土星のように、周りを更に小さなかけらがクルクルと回っていた。
エミルは素子の額にキスをすると、消えた。
「エミル…!」
その後すぐに宇宙船も消えた。
素子は腰が抜けたようになって、ペタンと床に座り込んでしまった。
「なんだったの…」
夢だったのかと思ったが、手にはしっかりと不思議なペンダントが握られていた。
「宇宙人て、ほんとにいるのね…」
素子は1人、真夏のエイリアンに思いを馳せた。

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