孑孑日記38 頭から離れない終わり方

 藤枝静男『悲しいだけ・欣求浄土』は2年くらい前に目を通した。いちばん気に入ったのは「一家団欒」だったが、表題作「悲しいだけ」の終わり方がずっと頭から離れない。正確ではないかもしれないが、たしか「ただ悲しいだけである」で終わっていたはずだ。
 妻の死を経て書かれた短編の最後が、なんの飾り気もなく、感情をひとつだけ、抑制的に端的に示された1文で終わっている。何て覚悟の決まったものなのだろうと思う。私小説で、愛した人を失ってから書いた文章の最後に、「ただ悲しいだけである」と置く勇気が、果たして僕にあるか。ここまで抑制できるか。少なくとも、藤枝にはそれが可能だった。特異な地位を得た私小説作家の実力白眉を見せつけられる1文である。

(2023.9.11)

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