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【小説】アネシカルリサーチ シークレットクラブと倶利伽羅のカルマ 19

「……もしもし」
「はじめまして。黒木です。お話しできて光栄です」
「……何のようですか?」
「いただけませんね、その口調は。目上の人間と話をするときは、敬意を持たなければ」
「人殺しに向かって、敬意もクソもないでしょう」
「おやおや。随分な言い草だな。そんな態度を取っていいんですか?大事なご友人が、泣いてしまいますよ」
 背筋に冷たい何かが走った。隣で聞き耳を立てている瀬戸熊の表情も歪んだ。
「……どういうことですか?」
「まずは、自分の目で確かめると良いでしょう。すぐに典獄寮に戻ることをおすすめしますね」
 そう言って、電話は切れた。鎮痛剤で収まっていた左手の痛みが、ズキズキと脳に響いた。
 おれたちは第一図書館を飛び出して、急いで典獄寮に戻った。部屋に入ると、蜂さんが一人でパソコンを見ていた。
「お疲れ。玲香ちゃんとの話はもう終わったのかい?」
「蜂さん一人ですか?村田は?」
「それがね……」
 蜂さんは黒い封筒をおれに渡した。
「ほんとビックリだよ。村田君にも勧誘が来るとはね。いやあ、同部屋の住人として鼻が高い」
「……何ですか、これ?」
「さっき村田君あてに、シークレットクラブから届いたものだよ」
 裏面に押してある封印は幽玄でもエクレシアでもなく――さきほど論文で見た、黒鳥の封印だった。
「デスアンドタックスだ……」
 おれは瀬戸熊を見た。さすがの瀬戸熊も顔が青ざめていた。しかし、なぜ村田が――。
「蜂さん。封筒の中身は見ましたか?」
「ああ。一緒に見たよ。なんでもクラブの場所は、ここの地下にあるみたいだ」
「ここ……典獄寮の地下ですか?」
「そう。それもビックリだよ。まさか立ち入り禁止のエリアに、秘密の入口があるなんてね。ついさっきだよ。村田君がそこに向かったのは」
「……場所を覚えてますか?」
「ええっと……確かこのあたりだったかな」
 蜂さんが示したのは、開かずの扉になっている地下二階の奥の部屋だった。おれと瀬戸熊は再度顔を見合わせたあと、二人とも頭を抱えた。
「……どうしたんだい?何かぼく、まずいことでもしたのかな?」
「いえ、そうではないんですが……非常にまずい状況です」
 蜂さんへの説明は瀬戸熊に任せて、おれは無い頭を必死にしぼった。黒木が村田を誘拐した。それは間違いない。理由は――真相に近づきすぎた俺と瀬戸熊への警告だろうか?いや、そんなことをして今さら何になるというのだ。もっと巨大な警察やエクレシアといった組織が、追っているというのに。
 黒木が村田に何をするのか、皆目見当がつかなかった。なにせ何人もの学生をこの世から消してしまったやつだ。最悪のケースを考慮に入れておいたほうがいいだろう。しかし、だからといって今のおれに何ができるのか。警察に連絡を入れて、うまく対処してくれるだろうか?いや、それよりもエクレシアや幽玄に頼る方がいいだろうか。幽玄はともかく、エクレシアならば玲香の力も借りられる。それが一番現実的か――。
 玲香に電話をかけようとすると、その前に着信音が鳴った。
「……もしもし」
「どうも。覚悟は決まりましたか?」
「…………」
「和馬君。選択肢は君にあります。二人がどうなるのかも、君次第ということです」
「……二人?」
「おや?まだ気づいていませんか?それはいけないな。友達と恋人は、大切にしないと」
 村田以外にも被害者が?おれの頭はさらに混乱し、今にもオーバーヒートしそうになった。その時、隣で耳をそばだてていた瀬戸熊が、おれに優しい声でいった。
「ぼくが代わるよ」
 瀬戸熊はスピーカーフォンのボタンを押し、静かな声で話かけた。
「瀬戸熊です。そちらの要求を聞きましょう」
「おや。これはこれは、光栄ですよ瀬戸熊君。倶利伽羅が生んだ最高傑作の君と、お喋りできるとは」
「無駄口はいい。さっさと答えろ」
「……君も礼儀がなっていませんね。まあいいでしょう。わたしの要望は至極単純です。和馬君が、わたしのところへ来ること――ただ、それだけです」
「……それは無理だ。あんたみたいな狂人に、和馬を会わせることはできない」
「わたしは狂ってなどいませんよ。ただ純粋なだけです。来る気がないのなら、これ以上話をしても無駄ですね。それでは、二人には犠牲になってもら――」
「待ってくれ!」
 おれは自分でも驚くほど大きな声を出した。
「少し時間を……くれませんか。考える時間が欲しいんです」
「和馬君。倶利伽羅の住人なら、知っているでしょう?時間は何よりも貴重なのです。しかし……しょうがありませんね。五分だけあげましょう。あなたの人生で一番貴重な五分だと想像すれば、わたしも楽しく待てそうだ。それでは――」
 電話が切れた。瀬戸熊がおれの両肩を掴んでいった。
「何を考えているんだ。まさかとは思うが――」
「結論はもう決まっている。行くよ」
「少し冷静になれよ。どう考えても危険すぎる。さっきも言ったが、あんな狂人に付き合う必要はない。ここは警察に任せよう。これはもう、立派な誘拐事件だ」
「そうだ。相手は狂人だ。……じゃあこのまま黒木を無視して警察に任せたら、村田がどうなるのかも、瀬戸熊は理解しているよな?」
「…………」
「最初から、おれに選択肢なんかないんだよ」
「和馬……」
「時間がない。できる限りの準備をしよう」

 ぴったり五分後、携帯の着信音が部屋に響いた。
「長いようで短いですね。さあ、結論は出ましたか?」
「一つだけ、条件を出してもいいですか?」
「……聞きましょう」
「瀬戸熊も連れていきます。どうでしょうか?」
「想定内ですねえ。こちらの解答もすでに決めてあります――許可しましょう。ただしわたしの部屋はひどく狭いのでね。これ以上のお仲間はご遠慮願います」
「分かりました。……決して、二人には手を出さないでください」
「約束は守ります。それでは、お待ちしています。……ああそうだ。これ以上時間稼ぎができないよう、入口の扉には時間制限をかけてあります。五分以内に部屋に入らないと、永遠にわたしのところへはたどり着けませんので、ご注意を」
 電話が切れた。これ以上の小細工はできないということか――。おれと瀬戸熊は、急いで地下二階の部屋へ向かった。

 時間ぎりぎりに、おれたちは部屋へたどりついた。老朽化した扉をあけ部屋に入ると、中は空っぽだった。しばらくすると、歯車の軋む音が聞こえてきた。それはだんだんと大きくなり、部屋全体が震えだした。
 部屋の中央の床が動き、地下に続くはしごが現れた。緊張感が一気に高まり、手には汗が滲んだ。おれと瀬戸熊は顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。こんなにも頼りになるやつは、他にはいなかった。
 何とか右手一本ではしごを降り、おれたちは薄暗い階段をひたすらに降りていった。携帯のライトでは、心細かった。典獄寮の地下は湿気がひどく、カビと腐った水の匂いが充満していた。口を手で覆いながらさらに降りていくと、一筋の光が見えた。階段の先に部屋があり、中から微かに光が漏れていた。重い鉄の扉をあけると、部屋の中から声が聞こえた。
「ようこそ」
 部屋の中で、黒木貴史は笑みを浮かべていた。

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