見出し画像

21.あかねの「没入型」演技と、かなの「適応型」演技(前編)

 「東京ブレイド編」では、特に演技というところにフォーカスが当てられています。すでに前記事で「演技」と「共感」の関係性についてはふれましたが、今回はもう少しこの「演技」について多角的に見ていきたいと思います。

「役にどっぷり入り込む「没入型」と、周りの演技を綺麗に受ける「適応型」。演じ方も対照的」と総合責任者の雷田代表が、黒川あかねと有馬かなについて述べていますが、「没入型」と「適応型」とはどういうことを示しているのでしょうか?
本編ではさらっとした説明にとどめられ、あとは表現そのものであらわされていますが、あえてここでは心理学的な意味での言語化を試みたいと思います。

没入型は「共感」と「自己暗示」?

 既に「6.臨床心理士が考える「演技」と「共感」の関係性」でふれたように、役割を演じるには、その作品のことを予習し、その作品の中で自分が演じる役の視点から、その作品世界を捉えることが必要でしょう。

当然ながら、その作品の世界が現実世界からかけ離れているファンタジーの世界である場合もあり、その点【推しの子】では現実世界に近い世界であるものの、「転生」などのある意味ファンタジー要素もあります。

【推しの子】の中の作品「東京ブレイド」はどうでしょうか。東京ブレイドでは新宿クラスタや渋谷クラスタといった現実の地名が使われているものの、登場人物や設定は現実とかけ離れたものです。東京ブレイドについては事細かにストーリーが紹介されているわけではありませんが、鞘姫や刀鬼といった登場人物から、東京ブレイドならではの人物観・世界観として独特の部分があることがわかります。

さて、話を「没入型」演技に戻しましょう。
没入型では、そのキャラクターの生い立ち、性格、環境などについて研究し、その解釈をもって自分自身がそのキャラクター自身であるかのように達振る舞います。キャラクターがあたかも憑依しているように。

黒川あかねは、熱心にそのキャラクターの研究に取り組み、モノにするということが、アイに関するプロファイリングの場面でも如実に描かれていました。研究する才能と、それを自分に憑依させて演じることの才能とは全く別です。この2つの才能を兼ね備えたのが黒川あかねなのでしょう。

これは、「6.臨床心理士が考える「演技」と「共感」の関係性」でも述べたように、「自分という器から抜け出して、他者の視点から物事を考え、感じるということ」に長けた人だからこそ、そのキャラクターの気持ちに共感することができるのだと考えられます。

さらに、没入型ということでいえば、自己暗示的な要素もそこには加わっているように思われます。そのキャラにある意味同一化して演じるということは、単に頭の中で考え想像を巡らせるだけではなく、深い部分でそのキャラクターとつながる必要があります。
催眠において、意識状態を暗示の入りやすい「変性意識状態(トランス状態)」へと導き(催眠誘導)、そしてさらに無意識の深い部分まで深めていくことを「深化」といいます。演技では「(いわゆる催眠での)深化」は行いませんが、深い部分で自分自身がキャラクターになりきることは、自己暗示の要素が強いのではないでしょうか。

カウンセラーと共感

ちなみに、カウンセラーと共感に関する余談です。
カウンセラーは共感のみに長けていてもなれません。共感力があまりに強すぎると、そしてその切り替えがスムーズにできなければ、「共感疲労」を起こしてしまいます。クライエントが悲しんで泣いている時に、セラピストも同じように悲しんで泣いていれば相談が完結するわけではありません。自他の境界をうまく作れないと、共感疲労は増すばかりです。

共感の能力がある一定以上ある上で、オン・オフの切り替えがスムーズにできることが、カウンセラーとしてやっていくには必要なことなのではないかと考えられます。カウンセリング(相談)のほかに、特定の心理療法(認知行動療法やトラウマ治療など)を行っていくのであれば、それにプラス必要なこともそれぞれあるのでしょう。

没入型とその役者の心を守ること

以上のように、没入型には共感と自己暗示とが関係しているのではないかと考えられますが、ここで気をつけたいところがあります。二次的外傷性ストレス*という言葉もあるのですが、あまりに共感力が強く、没入してしまう場合にはうまくオン・オフを切り替えられるようにしておかないと、そのストレスは決して小さくないだろうということです。

*二次的外傷性とは、トラウマティックな出来事を援助者等が聴き続けることで、その被援助者の感じるストレスを援助者側も背負ってしまうもの。

オン・オフの切り替えについては、別記事である「15.アクアとPTSD③(感情コントロール編)」でふれている「コントロール」というところに関係しますが、この部分についてはまた別の機会に記事化できればと思います。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?