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(試し読み)終りのない悲しみ ~New World~

正式な公開を控えている最中の作品ですが、始まりの部分だけ試し読みとして公開します。


終りのない悲しみ ~New World~

 僕が琢磨(たくま)からの電話を受けたのは、2019年の春のことだった。
 琢磨はひどく切羽詰まった声で、慌てふためいて、僕にこう告げた。
「父さんが窓から飛び降りて自殺未遂した。透(とおる)さん、助けて。ボクどうすればいい?」

 2ヶ月前、僕は中学時代からの古い友人の濱田悟(はまださとる)に、およそ20年ぶりに再会した。Facebookでお互いを発見し、そこで簡単なやりとりをしていたが、たまには少し顔でも合わせないかという話になったのだ。
 そこで僕は悟の家に行き、彼に会った。
 僕らはたわいもない昔話を始めたが、悟が少年を呼びつけて「琢磨、コーヒー2つ入れてくれ」と頼んだ姿が引っかかった。思わず悟の顔を二度見してしまった。それで悟は察したらしく、
「ああ、俺んち、離婚したんで、家のことはいろいろ息子に頼んでいるんだ。ちょうどいいや、紹介しよう、息子の琢磨。12歳だ」
 コーヒーを持ってきた、まだあどけなく、どことなく昔の悟に似ている少年が、頭を下げた。
「濱田琢磨です。こんにちは」
「こんにちは。僕はお父さんの古い友だちの速水(はやみ)透と言います。よろしくお願いします」
 僕はその少年、琢磨の、おずおずとした頼りない様子に、昔の自分を重ねるようで、好感を持った。
 離婚にまつわる一連のやりとりで、僕は自分の話がしやすくなって、つい打ち明けた。
「そうだ、悟、僕は実は同性のパートナーがいてね。結婚とかは、できないんだけど、ずっと一緒に暮らしてるんだ。それで仕事の合間に、LGBTに関わるちょっとしたお手伝いもしてる」
「へえ」
 悟はさすがに驚いた表情を見せ、何とか平静を装おうとしている様子だった。ただ大学で教鞭をとっているだけあって、LGBTって何? とか、お前はゲイなのか? とか、不躾な質問を投げかけてくることもなかった。理解していたのか、その手の質問を飲み込んでいたのかは、定かではなかった。
 その話を横で聞いていた琢磨の眼差しが、これまでのよそよそしい、頼りないものから、一気に真剣みを帯びて、潤んでいくのを見て、僕は当事者にしかわからない一種の確信を持った。
 それに気づかない振りで、僕は悟と琢磨に、手伝いをしている団体の名刺を渡した。
「まあ何かあったらって話でもないけど……よろしくな」
「ああ」
 悟はやはり動揺を抑えているらしく、狐につままれたような表情を隠しきれないでいた。その横で、琢磨は、従順そうな振る舞いの奥で、佇まいが強くなった。
 僕の携帯に琢磨からの電話が入ったのは、その出会いから2ヶ月後だった。
「あの、透さん……」
 僕たちは僕の手伝っている、名刺を渡したNPO法人の相談室で対面した。
「父さんには内緒にしておいてほしいんですけど……」
「もちろん。プライバシーはきちんと守られた場所だよ」
 琢磨はグッと拳を握りしめて、そして打ち明けた。
「ボクも同性愛者みたいなんです……」
「うん」
 僕はこの手の打ち明け話を何百と聞いてきた。だから何一つ動揺することも揺らぐこともない。
「大丈夫。僕も同じだよ」

 悟は救急搬送された先の総合病院で、緊急手術を受けた。僕は琢磨と二人で、何もすることもできるはずもなく、ただ混乱し泣いている琢磨に寄り添ってやっていた。
 手術が終わった。当たり所がよく(悟にとっては「悪く」だったろうが)命に別状はなかったが、脚を複雑骨折し、頭を強く打ったらしく意識もまだ戻らず、集中治療室に入ることになった。面会もできるはずもなく、僕と琢磨は悟の入院準備に追われることになった。
「透さん、これ」
 病院で、僕は琢磨から、Word文書の束を渡された。
「父さんの入院準備のときに見つけたんです。父さんの『遺書』です。パソコンに入ってました。父さん、パスワード、誕生日だったから、ボクでも普通に入れちゃった」
 そういうところは昔も今も悟は変わらないなと苦笑した。
「父さんの書斎の机の上に、男子高校生の写真が飾ってあって……それが昔から気になってて。誰なのかな、ボクのはずないしな、親戚の子でもないし誰なんだろ、って……でもその謎が解けた気がしました」
「じゃあその『遺書』とやらを読んでみなけりゃ何もわからないな」
 動揺しても仕方ないので、僕は平静を心がけて応えた。
「正直言って、ボクはその、『遺書』に出てくる、『涼(りょう)さん』って人のことが、すごく嫌いです。多分一生許せません。多分その『涼さん』って人が、父さんのことも、離婚したボクの母さんのことも、壊したんです。二人の人生を壊したんです。メチャクチャに、メチャクチャに、壊したんです」
 僕は琢磨が拳を握りしめて怒りに震えるのをなだめるように頭を撫でて、悟が書いた、あるいは書き残したという「遺書」を読み始めた。


読んでくださってありがとうございます。

この続きは、9月中旬の「北の病展」、また10月3日の「文学フリマ札幌」で販売する新作中編冊子「メランコリーそして終りのない悲しみ 後編」にて取り扱い、そこで発表させていただきます。

冊子「メランコリーそして終りのない悲しみ 後編」には、さきに連載していた潤編「HONEY」、また、この「終りのない悲しみ ~New World~」のフルヴァージョンが収録されます。楽しみにお待ちください。

イベント参加が終わったあたりで、このシリーズの最後の最後として、涼編となる簡単なエピローグをnoteに書く予定でいます。おそらく冊子にするまでもない短い話になると思います。

それではまた、冊子とエピローグで会いましょう。

いつの日か小説や文章で食べていくことを夢見て毎日頑張っています。いただいたサポートを執筆に活かします。