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ライオンのおやつ読みました。



昨年末、友だちと会った。

学生からの付き合いで、私の書く日記にも数回出てきている友だちだ。
『ライオンのおやつ』はそのときに、読みやすい本を、と聞いて、メモしておいたタイトルである。

「ふらあっと本屋に寄った時に、○○大賞とっただとか、人気作家さんの新作とかを、軽く見るくらいなんだけど。」

私が彼女を"かなりの読書家"だと思っておすすめを聞くものだから、そんなことないよと言いたそうに、遠慮がちに笑っていた。

彼女を一言で表すなら、"優しい人"である。
派手さよりシンプルさを優先し、自分よりも相手の気持ちを考えられる人。
そして、それを表に出さない人。
月並みな表現かもしれないが、これが一番、合っている。




『ライオンのおやつ』  小川 糸

雫は33歳の若さで病におかされ、余命宣告を受ける。
今までの生活に別れを告げ、最期の場所として、瀬戸内にある島の美しいホスピスを選んだ。
〈ライオンの家〉と呼ばれるそのホスピスには、同じように余生を過ごす多種多様な人が集まり、本名を言う必要もなく、みんなあだ名で呼びあっていた。
瀬戸内のきれいな景色を見ながら、我慢してきたこと、やりたかったことを考える。
そしてホスピスには毎週日曜、入居者から食べたいおやつを募り、くじで選ばれたおやつをみんなで食べる〈おやつの時間〉があると聞かされ、雫も人生最期に食べたいおやつを考えるが――




主人公の雫の印象は、シンプルな人だった。
たしかに、大病を患うには若すぎるし、読み進めていくと幼い頃の複雑な家庭環境も明らかになっていく。
本人の中には、波風の荒れるタイミングがたくさんあっただろうけれど、
その描写もあったけれど、
それでも"素材そのまま"みたいなシンプルな人だった。

卑屈になりすぎず、時には人知れず(ぬいぐるみだけには知られ)爆発しつつ、しっかりと自分の足で人生を歩いてきた証拠だろうなと思う。

ホスピスに来てからの出会いは、雫をより自分らしく、やわらかくしていた。
イヤな感じの人には、ちゃんとその態度が伝わるほど、人前で感情的になっていたということだろうし。

私は、以前よりもだいぶ不自由になった体で、時々笑い、時々泣いた。

本文より

"隠すこと"がうまかったであろう今までとは違って、感情的になることが多くなっていったのではと思う。



本編のなかで、おやつはもちろん、ごはんやフルーツなど、食べ物飲み物がいくつか出てくる。
そしてそのどれもが、まるでしゃべりだすかのように、意思を持っているかのように例えられている。

目の前のアップルパイから、甘く優しい、穏やかな香りがする。
まるで、百ちゃんのお母さんの声をそのままお菓子にしたみたいだ。

本文より

このような表現が随所にあって、めちゃくちゃかわいい。
おーかーゆー、とか。めちゃくちゃかわいい。
ONE PIECEに出てくるトットランドを思い出す。あれはよく考えると結構残酷だけれど、食べ物や飲み物がしゃべる表現って可愛くて好きだなって思った。



〈ライオンの家〉の〈おやつの時間〉は何度か出てくるけれど、どのおやつも、希望した本人は食べられていなかった。(最初にでてきたタケオさんも、「見つめていた」という表現だけで食べたとは書かれていなかったので…)
雫も、自分の希望したおやつを目の前にしていたが、体調がすぐれず口にすることはできなかった。

最期に食べたいものが、来週の〈おやつの時間〉には出てくるかもしれないという希望を残しておくためだろうか。

おやつは、心の栄養、人生へのご褒美だと思っています。

本文より

〈ライオンの家〉のマドンナは言う。
すべてを自由に、安心して食べたり寝たりできるように、"ライオン"と名付けたその家で、少しでも長い間開放的に過ごしてほしいという思いも含まれているといいな。



物語の終盤、雫は夢の中で色んな人と話をする。
ホスピスに来てから出会った相棒(白いふわふわわんこ)の元飼い主、ぐいぐい距離を縮めてきてちょっとイヤな感じだなと思っていたおじさん、幼いときに事故で亡くなった母。

逝く前に最期の話ができるというのは、長い眠りにつくための(もしくは別の世界にいくための、)準備としては最高だと思う。
私にも、いざというとき、そんな場があってほしい。



マドンナが、横になる雫に語りかける。

人生というのは、つくづく、一本のろうそくに似ていると思います。(中略)
生きることは、誰かの光になること。
自分自身の命をすり減らすことで、他の誰かの光になる。そうやって、お互いにお互いを照らし合っているのですね。

本文より

〈ライオンの家〉の入口に置かれたろうそくは、短くとも最後の最後まで灯り続けますように。
それぞれの人柄が出るような火でありますように。



私はまだ、死というものに対してあまり何も思わない。
死までの距離は、もしかしたら短いかもしれないけれど、はっきりとその存在を認識するような経験は少ない。

ただ、この本を教えてくれた友だちは、今でこそ元気だが持病の悪化で入院したことがある。
生活の中で継続的に制限されるようなことや、気をつけなければいけないことがある。

彼女がどのタイミングでこの本を手にとったかはわからないけれど、そして関連付けて考えるのはものすごく失礼かもしれないけれど、
彼女のおかげでこの本に出会えてよかったと心から思う。
感動した、いいお話だったと感想を言える今でよかったと思う。

優しい火が今も私のそばにある。ゆらゆらとして、つかめなくても、その縁取りははっきり見えている。


どうせならその火でマシュマロでも焼いて食べよっかな。
今度会ったときのおやつは、意外とそれもいいかもしれない。

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