超絶ポジティブな母と、結婚式の衣装あわせに行った話
先日、わたしのツイートがほんのりバズった。
内容はスクショのとおりで、それ以上でも以下でもないのだけど(結果的に、父が渡したかったのは呪いのビデオではありませんでした!ご心配おかけしてスミマセン!)、このやりとりでもっとも投げかけたかったのは、「なぜ母親の説明はこうも雑なのだろう?」というおかしみでした。
たとえば以前、母からこんなLINEが届いたこともある。
いや爺さんは呑むな。
ほんとうは、「爺さんの置き土産」という焼酎(めっちゃ美味い)を今から呑むよと言いたかったらしい。
でもべつに、わざと面白いことを言ってやろうとか、打算的なことを考えてやってるわけじゃないのだ。「ママのLINEがTwitterでバズったよ」と伝えたら、母の返事はこうだった。
ぜんぜんわからない母なのである🤔
単純に長ったらしく説明するのがめんどくさいのだし、いきおいでなんか伝わるだろと思っているのだ。まあ、これだけ多くのひとにあのハイコンテクストなツイートが届いたことを考えると、あながち母の考え間違っていないのかもしれない。。。
***
そんな母と、先日結婚式の衣装あわせに行ってきた。
結婚式場の営業担当さんからも、「ぜったいにお母さんと一緒に行かれた方がいいですよ!」と言われていたし、服への興味が皆無で、ユニクロのまったく同じトップスを5着ぐらい着まわしている夫を連れていってもたぶん参考にならない。なんなら、たくさんの衣装を前にパニックになるであろうことは想像に難くないので、アドバイザーは母におねがいしようと思ったのだ。
結婚式場と提携している衣装室を予約し、朝早くから母と待ち合わせて向かう。
行きがてら、わたしは営業担当さんが
「お母さん、ぜったい泣いちゃいますよ~!!」
と、なぜかうれしそうに話していたことを思い出した。
わたしは母が泣いているところを生まれて一度も見たことがない。
いや、それは誇張だ。韓流ドラマを観て号泣しているところは何度も見たことがある。けれど、悲しみのあまり泣くだとか、怒りで涙がにじみ出るとか、彼女じしんの出来事に起因する、感情のたかぶりをほとんど見たことがなかった。
しかし今日はいよいよ愛娘の花嫁姿と対面するのだ。「愛の不時着」ばりに泣いてしまうかもしれない。わたしはショルダーバックをのぞき、ティッシュとハンカチを持っていることを確認した。
しかし、いざ衣装あわせがはじまってみると、母のリアクションは想像と正反対だった。
「やあだ、かわいい、も、や~~~~だ~~~~!!!」
着付け師さんが1着目の白無垢を持ってきて羽織らせてくれた時点から、甲高い奇声を発し飛びはねている母。
「ほ~~~んと素敵すぎますね~~~~!!! あ、衣装がね!!!! あくまでも素敵なのはあんたじゃなくて衣装だからね!!!!!?」
しかもひとこと余計!!!!
しかし着付け師さんはそれに動じることなく「お母さまったらもう、ありがとうございますう」ホホホホなんて微笑んでいる。
ちょっとちょっと、喜ぶのはいいからカメラ撮ってよ。と、着付け師さんが次の衣装を取りにいっているあいだに、わたしは母にスマホを持たせる。
「あら~~~~~! こっちもかわいい~~~~!!!!」
キシャシャシャシャシャシャッとスマホの連写音が衣装室に鳴り響き、ほかのお客さんの視線をいっきに集める母。やばい。ちゃんと林家パー子になってしまっている。
「どうしよう、ぜんぶ可愛すぎてママ絶対決められない!!! ぜんぶ着たい!!!」
いや、着るのはわたしなのだけどね?
わたしと母のやりとりに爆笑しながら、着付け師さんは白無垢をずらりと並べてくれる。たしかにどれも素敵で、まったく選べない。いや、これでもかなり絞り込んだほうなのだ。衣装室には100着ほどの白無垢が用意されており、以前記事にもかいたパーソナルカラー診断の基準をもとに、5着にまで絞り込んだ。パーソナルカラー診断はまじでやっておいてよかった……! 白無垢の色味、生地の質感、模様を、軸をもって選択できたし、あらかじめ整理しておけたので、着付け師の方にもちゃんと言語化して好みを伝えることができた。
その後も、「かわいい」「素敵すぎる」「こんなきれいな模様見たことない」と褒めるだけ褒めちぎりアドバイザーとしての役割をなにひとつこなさず写真を撮り続ける母と、優柔不断だし着物のことがよくわからず着られたままぼけっとするわたし。
すると着付け師さんがサッとその場から立ち去ってしまった。
「ちょっとちょっと、ママがあほ丸出しなせいで着付け師さんどっか行っちゃったじゃん!」
「いやいや、あほ丸出しだったのはあんたでしょ。『へえ』とか『はあ』しか言わないで!」
と二人で小声で小突きあっていると、着付け師さんがもう1着、白無垢を持って現れた。
「お母さまが、あまりにもたくさん褒めてくださるので、こちらもとても楽しくなってしまって、わたくしが『これだ!』と思う一着を、奥から出してきてみました」
ピッカーン!
着付け師さんから後光が射しているように見える。その白無垢は、お値段もリーズナブルで、色味・模様・素材とも、これまで着た着物の良さをすべて兼ね備えたと言っても過言ではない1着だったのだ。
「素敵すぎる~~~~~!!!」
と、ついにわたしまで母と声をそろえ、甲高く叫んでしまった。
着付け師さんはわたしに袖を通させながら、母には聞こえぬようひっそりとささやいた。
「お母さまはほんとうに素晴らしいお人ですね。うちは伝統ある衣装室なこともあって、お着物にとても厳しい目をお持ちになられるお母さまも多くいらっしゃるんです。こんなにポジティブな言葉が溢れる着付けは、なかなかないんですよ」
わたしは少し面食らった。
「ご家庭がどれだけお母さまの言葉によって明るく保たれてきたのかが、つかの間ご一緒するだけでもわかりました。これから築かれていく新しいご家庭も、ポジティブな言葉であふれますよう、僭越ながらお祈りしております」
***
帰り道、わたしは母に「ママすごく褒められてたよ」と、着付け師さんに言われたことを話して聞かせた。すると母は喜ぶでもなくいたってまがおで「あったりめえよ」と親指で鼻先をこすった。なぜべらんめえ調。
「人生でいちばんおめでたい日になんだから。暗いことなんか言わないほうがいいに決まってんじゃん!」
そう言ってのける母の足元を見てみると、血まみれになっていた。朝からずっと靴擦れしていたらしい。まったく気づかなかった。母の涙を拭う予定だったティッシュが、まさか流血を拭うことになろうとは。
生まれてからずっといちばん身近にあれふまみれていた母の言葉。雑でいきおいだけがあると思っていたけれど、それがどれほどポジティブなものか、考えてみたこともなかった。それはかのじょが無意識のうちに発した言葉でありながら、きっとなにかに耐えて選んだ言葉でもあったのだろう。
衣装合わせは来月、色打掛を決めるためにもう一度ある。途中、靴屋に寄ったわたしは、ヒールのないパンプスを母に買って贈った。今度はもう、かかとの高い靴なんて履いてこなくていいんだからね、と背中をさすった。
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