「コミュ力ある人」はむしろ悪人ではないだろうか<武田砂鉄×上出遼平対談>
『わかりやすさの罪』の武田砂鉄と、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の上出遼平による初の対談。第2回の今回は、書かれたものや撮られたものを隅々まで見渡して批評する武田と、「ヤバイやつらのヤバイ飯」を現地へ行って取材する上出の共通点について。全5回でお届けする。
第1回<リベリアで出会った娼婦は200円で客を取り、150円のご飯を食べる…悲惨か幸福かを決めるものとは?>よりつづく
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武田:人の本棚を見るのが好きなんですが、上出さんのツイッターにアップされていた動画を見ていて、引き出しの上に本が積み重なっていたのを見逃しませんでした。
上出:恥ずかしいな。何がありましたかね。
武田:藤原新也『西蔵放浪』、そして、宮本常一『忘れられた日本人』が目に入りました。そこで思ったんです、「あっ、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』って、宮本常一スタイルだ」って。あの番組が評される時に、「タブーに挑戦!」や「危ないヤツらに会ってきた!」なんて形容されることが多いはずですが、「訪ねて行って、目の前に来た人にじっくりと話を聞いてみた」という、このシンプルで愚直な姿勢が醍醐味なんだなと。宮本常一の『忘れられた日本人』がまさにそうじゃないですか。根付く暮らしぶりを書き留める、と。
上出:そうです。それがたまたまハイパーな場所だったという。テレビ的なエンターテインメントの入り口を用意しただけの。
武田:ハイパーでハードで「すげえ!」と言われているけれど、上出さんの本を読んで、ハイパーとハードを引っこ抜いた時に残る丁寧な視線が醍醐味なんじゃないかという気がしました。
上出:うれしい。そういうふうに言っていただくことって少ないので。
武田:相手の話をちゃんと聞く、ずっと、これをされていますよね。もちろん、「こうしたら、おもしろくなるんじゃないか」と考えるとは思いますが、答えてほしいことを答えさせているわけではない。聞いて、答えてもらう、このシンプルな関係性を遵守している。
上出:基本はそうですね。
武田:「お茶の間」が業界化している昨今、ロケでは「撮れ高」が必要、ということをなぜかみんな知っていますね。別に周知する必要のないその言葉を周知させたのは「モヤさま」だとは思いますけど……。
上出:ははははは。
武田:でも、撮れ高を意識していたら、「問いかけ」「狙い」が重視されると思うんです。こういうふうに問えば、追えば、撮れ高が確保できるだろうって。でも、問うことより、耳を傾けることを優先されている。
上出:撮れ高の考え方がいままでと少し違うのかもしれません。ああいった場所に身をおけば、何が返ってきても成立すると思っているので、行く前にはほぼ何も想定していません。むしろ、予断を排してその場に臨んだほうがより楽しくなる。
<会食相手の素性も大物マフィアという以外にほとんど知らなければ、劉さんと黄さんがいったい何者なのか、どうしてマフィアと繋がりがあるのか、そしてこれから何が行われるのか、何もかもわからないまま現場に突入するのはあまりに恐ろしい。>(『ハイパーハードボイルドグルメリポート』より)
武田:カメラを回していて、こちらから何か仕掛けて、相手の反応を引き出そうという誘惑にかられることはないんですか。
上出:そんなにないですね。ぼくがそこに存在するだけで相当な刺激になっているので、それで十分かなと。あとは、ほんとに腹をすかせてるぐらいで。
武田:リベリアの元少年兵たちが住む墓地に行ったときに、彼らと一触即発の緊迫した雰囲気になり、上出さんが柵越しにカメラを奪われます。その時、上出さんが一瞬だけ映るんですが、驚くでもなく、真顔なんです。
上出:(笑)。めちゃめちゃ真顔です。
武田:びっくりした顔をしているほうがまさに「わかりやすい」んだけど、とんでもないことに遭遇すると、人って真顔になるんだなと。でも、視聴者としては、その真顔に引き込まれるんです。
上出:あの表情はリアルですよね。すごい、そんな細部まで見てるとは。
武田:細部しか見ていない、という嫌なヤツかもしれません。
上出:ぼく実は今日、びびりながら来たんですよ。この本を読んだあとだと、何を言っても怒られそうだなと思って。だって、(『紋切型社会』のAmazonページに)悪いレビューを書いた人のことを、過去のレビューまで掘り返して、めちゃめちゃ細かく分析しているんですよ。「この人は『モンスターエナジー355ml×24本』に星5つをつけている」とか。
武田:はははは。そうでしたね。
上出:全方面に突っ込んでいってるから、怖いもんないのかなと思って。
武田:Amazonレビューはさておき、相手をじっくり観察して、その上で足を踏み入れれば、たちまち怒鳴られ、追い払われる、なんてことにはなりにくいですよね。
上出:ああ。なるほど。
武田:この人はどういう言動を重ねてきたのだろうかと探ってみる。それが、上出さんだったら「相手の話を聞くこと」だし、自分の場合は「その人が書いてきた、発してきた言葉を読むこと」だと思うんです。何も特別なことではないですね。
<自分がその小説を理解できなかったのであれば、なぜわからなかったのかを主体的に語るべきだとは思うのだが、自分が信頼している芸人や番組が薦めたのに理解できなかったことをただただ嘆いてしまう。それこそが嘆かわしい。>(『わかりやすさの罪』より)
上出:そうですね。
武田:日頃、どういうわけか、「ひねくれてる」とか「怖い」とか言われるんですが、こんなにピュアな人間はいないと思っているんですけどね。
上出:(笑)そう……なんですか?
武田:だって、疑問に思ったことを「疑問に思っています」と書いているだけですからね。「疑問に思っているけど、敵にするのは嫌だから言うのはやめておこう。あっ、そうだ、共通の知り合いもいたな。うんうん、やっぱり、これはやめておこう」なんて理由付けをして言わないほうが、どうかしてますよね。
上出:不健康ですね。
武田:その行為こそ、「皮肉屋」だと思うんです。ところが、「思っているけど言うのをやめておこう」と制御するほうが、この社会では「イイ人」にカテゴライズされます。どう考えても悪人じゃないかと。
上出:「コミュ力がある」とされている人は、制御がうまい人かもしれない。
武田:上出さんが辺境地で出会ってきた人たちは、この日本の基準でいえば「コミュニケーション力がない」と規定される人が多いのかもしれません。この本を読んで、「この人たち、おもしろい」と感じたのであれば、コミュ力を重視するのではなく、彼らのようなストレートな物言いへと変わっていってもいいはずなんです。だけど、やっぱりどこかで、遠く離れた場所での出来事、として済ませてしまうのかもしれません。
上出:彼らとぼくらの間に明確な境界線はないと思うんですけどね。
(構成/長瀬千雅)
第3回<なぜ辺境の地で“飯”なのか?テレ東の異端児「ハイパーハードボイルドグルメリポート」上出遼平の思い>へつづく(全5回)
■武田砂鉄(たけだ・さてつ)
1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年からフリーライターに。新聞への寄稿や、週刊誌、文芸誌、ファッション誌など幅広いメディアで連載を多数執筆するほか、ラジオ番組のパーソナリティとしても活躍。9月28日スタートの新番組『アシタノカレッジ』(TBSラジオ、月~金、22時~)の金曜パーソナリティを務める。
■上出遼平(かみで・りょうへい)
1989年、東京都生まれ。2011年株式会社テレビ東京に入社。『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画、演出、撮影、編集まで番組制作の全課程を担う。空いた時間は山歩き。