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不倫女性とサレ妻、嫌いだけど好き…奥深き“女の友情”の世界

 作家・金原ひとみさんの最新作『fishy』には、こんな一節がある。

「確かに、弓子は常に男性の意見に迎合しがちで、女性たちの意見をことごとく『私はそうじゃない』と切り捨てることがあった。(中略)何かと優劣や勝ち負けにこだわる、コンプレックスと選民意識がない混ぜになった弓子の性格は、そういうものから既に解放されている者の目には耐え難いまでに醜悪に映るのだろう」

 同作の主人公はときどき集っては酒を酌み交わしつつ、互いの近況を報告し合う弓子、ユリ、美玖の三人。件の一節は、28歳の美玖が37歳の弓子を見ての評で、なかなかに辛辣だ。物語は三人の視点から、それぞれ人生という道に落ちている大小さまざまな石につまづいたり、大きく転倒してもうダメだと思ったり、それでいながら強かに立ち上がって前に進んだりする女性の生き様を描いている。

 三人の毎日はシビアだ。不倫している、されている、婚活がうまくいかない、借金を背負ってしまった……。傍から見ていてイライラすることもあるだろう。ユリはそんな苛立ちをもはっきり口に出し、ときにふたりからの反感を買う。

 合わないところがあるなら友だちでいなければいいのでは? という問いにはあまり意味がない。女性同士の関係はそう単純に割り切れるものでないのだから。主人公3人と同世代の女性たちに話を聞いた。

■「結局は好き」かどうかが大事

「専門学校時代から仲のいい友人がいて、いまは遠方にいるのでときどき電話で話すのですが困ってしまうことがあって……」

 と話してくれたのは、現在、起業準備中のシングルマザー・Aさん(30代)。同業種ですでに起業している友人は、いろいろとアドバイスもくれるという。

「その一方で彼女は何年か前からネットワークビジネスにはまっていて、こうするとすごく儲かるとか、あなたもやってみたらいいとか熱心にいってくるんですよね。私はそういう怪しいのに興味がまったくないと伝えているにもかかわらず」

 それでもつき合いをつづけているのは、「結局は好きなんですよ、あこがれているところもある」というAさん。その人の言動に問題があったとしても、それは人その人のごく一部、つき合いをやめたりする原因にはならないということのようだ。

 友人たちの生き方を見て同じ女性として引っかかるものを感じると話してくれたのは、Dさんだ。高校のときのクラスメイトからなる仲良しグループの付き合いがつづいているが、30歳という年齢もあって、すでに結婚をして子どもがいる人もいれば、婚活中の人もいる。

「私に結婚願望がないからというのもありますが、結婚して家庭に入る友人を見るとなんだかモヤモヤするんです。私たちの母校は進学校で、同級生の女子もそれぞれ有名大学といわれるところに進学しました。大学卒業後もたくさんの選択肢があったはずなのですが、特にキャリアを築くわけでもなく早くに結婚し、仕事も辞めて専業主婦に。一度『夫の経済力だけに頼らないほうがいいんじゃない?』といってみたのですが、あまり響いた感じでもなかったです」

 それでも友人たちのことを嫌いだとか、なんとか理解させたいとか、そういう気持ちにはならない。

「残念だとは思いますが、友だちといえど私とは別個の人間だし、私とは違った生き方で当然だと思います。その一方で、母になった友人を素敵だなと思うこともあるんです。子連れでランチしたときに、食事をしながら子どもの世話をしている彼女を見ると、自分が知らない顔をしていました」(Dさん)

■ジェンダーバイアスと女の友情

『fishy』で交わされる会話のなかには、それぞれのジェンダー観のちがいが表れているものが多い。仕事、結婚、恋愛、婚活、子育て……ジェンダーバイアスはどこにでもあるが、そこに適応して生きている女性と、取り込まれないよう努めて生きている女性とでは、基本的に話はかみ合わない。

 夫の不倫に気づき泥沼状態の弓子と、目下不倫中の上に借金まで抱える美玖は、人生の岐路に立っている。そんなときにこそジェンダーバイアスは際立つものだろう。男性社会に適合しすぎた生き方が、自分の首を絞めてしまうこともある。とても生きづらい。そんな現実を前にしたふたりに、インテリアデザイナーのユリは正論を浴びせる。

「弓子はバリキャリのくせに主体性がないんだよなー」といって夫との関係が破綻したのは弓子の人生観に原因があると指摘し、不倫関係が相手の妻にバレて泥沼化した美玖のことを「悲劇のヒロイン欲、自己顕示欲、暴露欲、すべて一気に満たされたんだから楽しいに決まってるじゃん」と看破する。およそ遠慮というものがない。いわれる側は、心がえぐられる。

 それでもユリの物言いには、最終的にどこか突き放すようなところがある。選択するのは自分。結局は、別個の人間だと認め合っているからではないか。

 ここで、男性社会に過剰適応している友人とのつき合いをやめたというEさん(30代)の話を紹介しよう。

「婚活中だった彼女は、女性は若くないとダメ、痩せて美しくないとダメ、料理ができないとダメ、仕事ができると思われると男性に選んでもらえないからダメ……という考えにとらわれていました。それはエイジズムやルッキズム、そしてジェンダーバイアスというものだということよと話しましたが、それでは結婚できないから自分はそんな生き方をしないといわれてしまいました」

 友人自身も苦しそうだったが、会うたびに聞かされるとEさん自身がつらくなってしまい、次第に連絡を取らなくなりフェイドアウトしたという。それまでに多くの時間をともに過ごし、互いに自己を開示し合っていれば、価値観のズレを多少感じたとしても関係はつづく。しかし、許容できないとなると話は別だ。

 20代、30代はライフイベントがつづく。そのたびに価値観がゆらぎ、離れていく友人もいれば、新たに出会う友人もいる。『fishy』のユリは思ったことをすべて口にするが、一方で肚の底が見えないミステリアスさがある。何か重大な秘密を抱えている節もある。

 その秘密を弓子と美玖が知ったとして、それは許容できるものか、できないものか。それによって3人の関係はどうなるだろう。秘密がなかったとしても、先のことはわからない。女性同士の関係はとても流動的で、だからこそ、共有している“いま、このとき”が大事なのだと『fishy』は教えてくれる。

(文:三浦ゆえ/写真:Gettyimages)


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