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川田裕美が「また一緒に仕事をしたい」と思われる最大の理由

「また一緒に仕事をしたい」――ひとつの仕事が終わったときそう言われるのは、誰にとってもうれしいことで、次の仕事への意欲にもつながる。読売テレビ在籍中から、フリーになって東京を拠点に活躍する現在に至るまで、そう言われつづけているアナウンサーが、川田裕美さんだ。

 MCアシスタントとしての進行ぶりに定評があり、局を問わず引く手あまた。今冬発売された自身初のビジネス書『ゆるめる準備』には、東野幸治さん、宮根誠司さん、坂上忍さん、辛坊治郎さん……といった、これまで共演してきた名だたる司会者、タレントとのエピソードが数多くする。

川田裕美著『ゆるめる準備』(朝日新聞出版)

 本番中はもちろん、場合によってはそれ以外の時間も彼らのことをよく観察し、こまめにコミュニケーションを取り、関係を築き、仕事ぶりだけでなくクセのようなものまで把握する。そうして言葉にならないメッセージをキャッチしながら、その先を読み、適宜説明を足したり自身の見解を述べたりしながら、番組を進める。

 こうした高度なコミュニケーションはやはり才能によるところが大きいのだろう……と思いきや、川田さんは最初からコミュニケーションの達人ではなかったし、「人に何かを伝えるのが上手ではなかった」と言う。

「10代のときは言いたいことをズバズバ口に出していて、しょっちゅう周りと衝突しましたし、女友だちともよくケンカしました。母からも『裕美は思ったことを全部言ってしまうから、こっちは傷つく』と言われて、このままじゃダメだと思いました。それで自分はすっきりしても、相手にちゃんと受け取ってもらえなかったら意味がないし、関係性が悪くなったら誰にとってもいいことがないと気づいて反省したんです」

 そこから“ゆるっと”伝えることを考え、その術を身につけるようになったという川田さんに、ビジネスコミュニケーションの具体的なコツを教えてもらおう。

 会議などの場で「自分の意見を伝えなければ」というシーンは多くの人が経験しているだろう。発言したほうがいい、発言しなければと気は急くが、へんに注目されたり場の空気を壊したりするのではないかと危惧して、勇気が出ない……。

「私にも、そんなときがありますよ」

 川田さんの場合は、番組収録、ときには生放送という極めて緊迫したシチュエーションでその葛藤をすることになる。

「出演されている方の発言に間違いがあって、それが重要なものだったり、その間違いのもと話が進んでしまう可能性があったりすると、間髪を入れずに強めの声や言葉で訂正しますが、そうではなく、自分の考えや意見を伝える場合は私も、『言ったほうがいいような気がするけど、今じゃないかなぁ』『言い出しにくいなぁ』と迷います」

 そんなとき、川田さんはどうしているのか。

フリーアナウンサーの川田裕美さん(撮影/写真映像部・東川哲也)

「その話題に直接ズバッと口をはさむと、場の空気を断ち切るだけでなく真意が伝わらないこともあって、結局自分が損をします。そこは様子を見ながら適切なタイミングをうかがって、ほかの方が発言したときに『そうですね、私もそう思っているんです』と受けてから、『先ほど◯◯さんがおっしゃったことについては、私はこう考えています』と伝えるなど、ゆるっと回り道をするようにしています。発言しなきゃと焦る気持ちもわかりますが、時間が限られていたとしても1分1秒遅れたからといって受け取られ方が劇的に変わることはないと思うんです。タイミングが後になったとしても、違う話題から入ったとしても、元の話題に戻れるんですよ」

 できるだけやわらかい言い回しや声で自分の言葉を伝えるのが秘訣だというが、いざ発言するとなると緊張して声が裏返ってしまいそう。

「第一声って、むずかしいですよね。『おっ、川田が発言するのか!』と注目されると、余計に緊張します。だから私は、ほかの方がお話されているときに、『う~ん』『なるほど~、そうかぁ』など周囲の人たちが不自然に思わない程度の音量で、声を出していきます。相づちや、心から漏れてしまった声といった感じなら、誰もおかしいとは感じないですよね。そのボリュームを少しずつ上げていき、そのうえで発言するとスムーズにいきます」

 川田さんのメソッドは、すべて現場で培われてきたものだけあって、現在仕事をしている多くの人の参考になる。

「アナウンサーの仕事では、すでにチームができあがっている番組に、私だけが新しく加わることも多いんです」

 一般の仕事で言うなら、転職や異動のときに相当する。

「そんなとき私は、一度自分を“消す”んです。そこにはそこのやり方があるし、人と人との関係もできているなかで、最初から自分らしさやヤル気を強くと出すと、周りとの距離感をわかってないと思われますよね。そうではなく、まずはその場に身を任せてみる。それまでの私を知っている人たちから『川田さんのよさが出てない』『変わっちゃったね』と言われると気にはなりましたが、私がやるべきは番組をよくすることであって、自分がどう映っているかを気にすることではないと思いました」

 それまでのキャリアがあればこそ、自分を“消す”のは簡単なことではないだろう。

「でも、しばらくそうしていると、『メインMCの方は出演者のみなさんに話を振る役で、私はみなさんが話しやすいよう情報を整理して提示する役』というように、自分の役割が見えてくるんです。そうしているうちに余裕も生まれ、自分らしさも自然に出てくるようになります」

 新しい現場ですべてのことをいっぺんにクリアしようとするのではなく、優先順位をつけて、まずは無理なく場になじむことに注力する。回り道を行くようだが、決してそうではない。

「最初から高いところを目指すと疲れちゃいますもんね」

 と微笑む川田さんを前にすると、それこそが実は最短の近道なのだということがよくわかる。

(取材・文/三浦ゆえ、写真撮影/朝日新聞出版 写真映像部・東川哲也)


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