水野美紀 子どもが通う保育園に2週間不審者が多発した理由と感嘆した保育士の匠の技
保育園周辺に、不審者が多発した。
窓の外から腰を屈めて教室を覗き込む者、散歩に出かける園児たちを、一定の距離を保ってつける者。電柱の陰から盗撮する者までいる。
それが、多い時には一度に5、6人も。そして、不審者同士、時々笑顔で言葉を交わしているではないか。
保育士たちは不審者の存在に気づいているようだ。気づきながらも、いつも通りの保育を続けている。
この由々しき事態。
これは、保育園の「公開保育」。学校でいうところの授業参観である。
保育園の授業参観は大変に特殊であった。「公開」とはいえ、基本、「覗き見」なのである。
まだ幼い子供たちは、親に気づくと泣き出したり、駆け寄ろうとしてしまうので、親もいつもの授業風景が見られなくなってしまう。保育士さんも大変だ。
なので、基本、親は我が子に見つからないように覗き見しなければならないのである。
普段、我が子は園でどのように過ごしているのか。
私は変装のためのマフラーと、隠し撮り用のスマホを握りしめ、何も知らずに教室で過ごしている我が子を覗き見するべく、保育園へと向かった。
公開期間は2週間。
期間中ならば、いつでも立ち寄って覗き見できる。
今日もたくさんの不審者、いや、親たちが教室を覗き見している。
この日のスケジュールは、午前中はお散歩。園に戻ってお昼ご飯。お昼寝の後に、自由遊びの時間。
私が園に到着すると、子どもたちはお散歩の準備をしていた。
帽子を被せてもらい、靴下と靴を履かせてもらい、上着を着せてもらって、バギーに乗り込む。
8人の子どもたちを4人の保育士さんたちが面倒見る。
座って乗るバギー、立ち乗りバギーに分かれて、準備が整った。
私はサササッと門の外に出て、マフラーを頭にぐるぐると巻いて、目だけを出す。
一気に怪しさぶっちぎりのナンバーワンだ。
保育士の先生たちがバギーを押して門に向かってきた。
我が子は先生に手を引かれて歩いている。
門が開き、先生の一人が私に気づいて一瞬驚き、
「そうきたか」
と言いたそうな面持ちで、ニコリとアイコンタクトを送ってくれた。
他の親たちは帽子をかぶる程度の薄い変装で、見つからないように離れ、身を隠して観察している。
でも、私のように思い切った変装をすれば、すぐ近くで見られるのだ。
なぜ、みんな顔にマフラーを巻かないのだ。
随分怪しい人になるが、それさえ気にしなきゃ大丈夫なのだ。
我が子が私の目の前を通り過ぎていく。
ちらりと私を一瞥したが、気づいていない。変装が成功しているようだ。
子供たちの列の後ろにくっついて、私は追跡を始めた。
我が子め、私と手を繋いで歩くのは嫌がるくせに、先生とはちゃんと手を繋いで歩いている。
途中、落ちている葉っぱや、草木を触わったり、玄関先の犬の置物にバイバイしたりしながら、ゆっくりゆっくり進んで、到着したのは小さな歩道橋の上。
ここでみんな、バギーから降りて、下を通り過ぎていく電車を観察するのだ。
みんな、柵の間から下の線路を覗き込み、電車が通るたびに「わー」と手を振っている。
私も柵の近くに立って、電車を眺めているフリをする。
何だか、「はじめてのおつかい」の撮影スタッフになったような気分だ。
我が子は、しばらくはみんなと電車に手を振ったり、線路を眺めたりしていたが、そのうち電車に飽きたようで、一人で歩いて行って捕獲されたり、帽子を取っては先生に被らされる行為を繰り返し、その後、靴を脱ごうとしては先生に履かされる行為を繰り返し、非常に子供らしく自由に楽しんでいた。
帰り道は立ち乗りバギーに乗せてもらい、その中でしゃがんで、「ばあー!」と言いながら立ち上がる、という行動を、誰に見せるでもなく繰り返していた。
私は、通りすがるご近所さんの怪しい者を見る視線に刺されながらも、最後まで我が子にバレることなく視察を楽しんだ。
教室に戻った子どもたちは、お昼の時間。
ご飯用の、テーブル付きの椅子に一人ずつ座らされ、前掛けをつけてもらって、ご飯のトレーが運ばれて来るのを待つ。
我が子は大人しく待っている。他の子たちもだ。家じゃ、すぐにぐずり出すのに。
トレーが運ばれ、先生たちが手分けして子どもたちの口に運ぶ。
もう自分で食べられる子もいる。
我が子は、先生に食べさせてもらいながら、自分でもスプーンを握って、食べる練習中。
なるほど、家でも2本使いすればいいのか。
食べさせ用のスプーンと、子どもが握るスプーンだ。
それにしても、子どもたちがもぐもぐする姿の可愛いこと。
他のお母さんたちとも合流して、一緒に覗いた。
どのお母さんも、マスクや帽子程度の変装だ。
甘いっ!
私だけものすごく怪しい人になるじゃないか!
どこのお母さんも、
「うちの子ちゃんとやれているかしら?」
と心配なよう。
「家じゃなかなか昼寝してくれないから、どうしてるのか不思議で」
という疑問は私も同じ。保育園では毎日決まった時間にお昼寝しているのだ。
お昼ご飯を食べ終えると、子どもたちは先生に着替えさせてもらい、オムツも変えて、お昼寝の時間。
みんな、教わらなくても自分の布団へトコトコと歩いていく。
先生たちは猛獣使いのように見事に子どもたちを寝かせていく。
ぐずっている子を膝に乗せ、転がった子の背中をトントンし、寝かかった子のおでこを優しく撫で、1人、また1人と寝かしつけていく。
その匠の技に、覗いているママたちからは感嘆のため息が漏れる。
先生もすごいが、入園して8カ月、子どもたちも少しずつ、集団生活に順応しているのだと思う。
あっという間に2018年も幕を閉じる。
ということは、もうすぐ我が子、進級である。
2019年も、我が子の日々の成長を眺める、胸熱な一年になりそうだ。