見出し画像

オンライン会話での脳活動は「ひとりでボーッとしながら何も考えていない」状態と同じという驚きの実験結果【スマホはどこまで脳を壊すか】

 コロナ禍をきっかけに、「脳トレ」でも著名な川島隆太先生率いる東北大学加齢医学研究所では、毎週月曜日の全体ミーティングが対面からオンラインに切り替わりました。「オンラインでは何かが足りない」――。同研究所の榊浩平助教は、オンライン会議では「機能的」には成立してもコミュニケーションの「質」が異なるように感じたといいます。もしかすると脳活動にも違いがあるのでは? 脳活動を調べていくと、待っていたのは驚くべき結果でした。榊先生の著書『スマホはどこまで脳を壊すか』(朝日新書/2023年2月刊)から、一部を抜粋・再編集して紹介します。

榊浩平著/川島隆太監修『スマホはどこまで脳を壊すか』(朝日新書)
スマホやパソコン等のデジタル機器を便利に使う「オンライン習慣」によってヒトが“効率的≒ラク”をした結果、脳も一緒にサボっている実態を、最新研究をまじえて検証する。スマホの使いすぎが子どもたちの学力に破壊的な悪影響を与えていたり、オンライン会話は脳と脳が同期せずにボーッとしている状態と同じだったりと、驚くべき実験結果が明らかにされている

■オンラインで会話をしても脳と脳はつながらない

 コロナ禍の影響で私たちのコミュニケーションの形式は大きく変化しました。オンライン・コミュニケーションの機会が多くなり、みなさんはどのように感じているでしょう。対面でのコミュニケーションが普通だった「旧・ノーマル」時代と比べて、人と人との物理的な距離は明らかに広がりました。物理的な距離の広がりと比例するように、心の距離まで離れつつあるような感覚を持ってはいませんか?

 大学にいると、「オンライン授業が増えて家から出なくなった」「部活やサークルの活動が制限されてなかなか友達ができない」「飲み会もできないからつまらない」などの学生たちの声が聞こえてきます。みなさんが漠然と感じている、寂しさ、物足りなさのようなものは、どうやら正しいもののようです。むしろ事態はもっと深刻なものかもしれません。

 もったいぶらずに、先に結論から述べます。私たちが行なった緊急実験の結果、オンライン・コミュニケーションでは、「心と心がつながらない」「コミュニケーションになっていない」「ひとりでボーッとしている状態と変わらない」という衝撃的な事実が明らかとなったのです。

 脳の活動は上がったり下がったり、時々刻々と変化しています。そのような脳活動の時間的なゆらぎが、会話をしている人たちの間で揃ってくるということが、最近の研究でわかってきました。私たちは、複数の人たちの間で脳活動のリズムが揃ってくるという現象が、コミュニケーションにおける共感や共鳴のような現象を反映しているのではないかと考えています。話している相手と脳活動のリズムが揃っているとき、私たちは「つながっている」と感じるのかもしれません。

 複数の人たちの間で脳活動の時間的なゆらぎのリズムが揃っている状態を、「脳活動が同期している」といいます。東北大学加齢医学研究所ではこれまで、日常生活の様々な場面における脳活動の同期現象を計測してきました。私も2017年から「脳活動の同期とコミュニケーションの質の関係」を明らかにするための実験に取り組んでいました。そちらを応用して、コミュニケーションの手段を対面での会話からビデオ通話での会話に切り替えて行ったのが今回の緊急実験です。

 東北大学の学生さんにご協力いただき、同性で初対面の5人を1グループとして3グループ作り、指定した話題について5分間、自由に会話をしてもらいました。ただし、オンライン・コミュニケーションの条件では、パーティションで区切られたデスクを用意し別々の方向を見て座っていただき、ビデオ通話で会話(以下、オンライン会話)をしてもらいました。実際の実験の様子が【写真1】です。

【写真1】オンライン会話の実験の様子(筆者提供)

 実験の結果から、オンラインでは、脳活動が同期していないことがわかりました。驚くべきことに、オンライン会話をしているときの脳は、ひとりでボーッとしながら何も考えていないときと同じ状態だったのです。すなわち、オンライン会話は、脳にとっては正常なコミュニケーションになっていないといえます。

 正直に申し上げると、実際に実験を行なった私でも、この結果は想定外のものでした。私の仮説は、「対面での会話と比べて、オンライン会話の方が脳活動の同期の程度が低い」というものでした。ビデオ通話を使用しているとはいえ、人と人とがお互いに顔を見ながら話すというのは対面と同じです。画面越しだろうが、誰かと話せば少なからず脳活動は同期するだろうと考えていました。

 しかし、実験の結果を解析してみて愕然としました。まさか、何もしないでボーッとしているときと変わらないとは思いませんでした。オンラインに頼ることが当たり前になりつつある「新しい生活様式」は、私たちが想像しているよりも遥かに危険なものなのかもしれません。

榊浩平(さかき・こうへい)
榊浩平(さかき・こうへい)
1989年千葉県生まれ。東北大学加齢医学研究所助教。2019年東北大学大学院医学系研究科修了。博士(医学)。認知機能、対人関係能力、精神衛生を向上させる脳科学的な教育法の開発を目指した研究を行なっている。共著に『最新脳科学でついに出た結論「本の読み方」で学力は決まる』(青春出版社)がある。

■画面越しの会話はパラパラ漫画が相手のようなもの

 対面での会話とオンライン会話には、どのような違いがあるでしょうか? 私たちが考えている、最も大きな影響を与えているであろう違いは、「視線」です。会話において視線を合わせることは肯定的な評価につながることが、多くの心理学研究で示されています。

 ビデオ通話の技術的な限界点としてもう一つ挙げられるのは、通信速度です。ネットワーク通信の技術の進歩は目を見張るものがあります。この数年の間でも通信の速度はかなり上昇しました。それでもなお、脳が行っている視覚情報の処理速度とは比べものになりません。現在の技術で作られる映像は、現実のものとはまだまだかけ離れているのです。脳からすれば、画面の中から語りかけてくる人は現実の「人」ではなく、パラパラ漫画の1コマに描かれたキャラクターの1人としか受け取ってもらえていないのかもしれません。

 今よりさらに技術が進歩して、ネットワーク通信の速度やパソコンなどの画面の性能が飛躍的に向上すれば、オンラインも対面と全く同じ条件になると言えるのでしょうか? 映画「マトリックス」のような、現実と同じような仮想空間が実現した場合、私たちの脳はどのように反応するのでしょうか? 私自身もとても興味があります。仮想空間へ最新の脳活動計測機器を持ち込んで、ぜひ実験してみたいと思います。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!