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徳川家康と毛利輝元の視点で、東西両軍の虚々実々の駆け引きをリアルに描く、伊東潤著『天下大乱』/文芸評論家・高橋敏夫さんによる書評を特別公開!

 2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」の主人公・徳川家康にとって最大の正念場が関ヶ原の戦いです。この日本史上最大の合戦を、家康と西軍総大将の毛利輝元の視点で描いたのが伊東潤さんの長編歴史時代小説『天下大乱』です。最新史料を駆使した戦国巨編の魅力を解き明かした、「小説トリッパー」冬季号(2022年12月16日発売)に掲載された、文芸評論家の高橋敏夫さんの書評を特別に公開します。

伊東潤著『天下大乱』(朝日新聞出版)

■「静謐(平和)」を求める常識転倒の巨篇

 すぐれた歴史時代小説の醍醐味は、なんといってもまず人と出来事をめぐる常識の転倒にある。
 5年、50年ではない。150年、ときには500年をこえる時間の中で形成され現在にいたる、部厚く堅固な常識がゆさぶられ、そこから新たな人と出来事が出現する。
 伊東潤の最新刊『天下大乱』は、「天下分け目の決戦」とみなされてきた関ヶ原の戦いをめぐる、いくつもの常識転倒の物語にして、「天下の静謐(平和)」への人びとの希求が執拗なまでに束ねられた大作である。
 物語は始まりから、従来の常識をはげしくゆさぶる。
 慶長3年(1598年)8八月9日の深夜。死の床にあって豊臣の天下の今後を憂慮する秀吉から、「そなたは秀頼を亡き者にして、天下を奪うつもりはないのだな」と問われた大老の家康は、「ありません。それがしは今の地位に満足しています」と応じつつ、こう思わないわけにはいかない。

《――わしは天下など要らぬ。
 それが家康の本音だった。天下を取った者は、いつか滅ぼされる。平家しかり、北条得宗家しかり、足利家しかりだ。織田家も嫡流は一大名の地位に落ち、一時的に天下を握った明智光秀は、秀吉によって滅ぼされた。
 その一方、小大名や国人領主はしぶとく生き残り、特定の地域で何代も続く家柄が多い。》

 家康の本音はたしかに、豊臣家に取って代わろうというのではなかった。豊臣公儀の権力を分けあう者たち、すなわち他の大老(前田利家、上杉景勝、宇喜多秀家、毛利輝元)と奉行(浅野長吉、増田長盛、長束正家、前田玄以、石田三成)を排除するか、または手なずけることで、徳川家の脅威となり得る要素を減らすことだった、と物語はつづく。
 そして物語は、事にたいし常に小心であること、悲観的であることを強みと自覚する家康が、側近本多正信とともに、それらの難題に挑み、ひとつ、ひとつ、またひとつと着実に解決するのを丹念に追う――。
 近年、関ヶ原の戦いをめぐる常識を問い直す歴史家、歴史学者たちの試みがさかんになってきた。定説、通説から決まりきった見方までが、事態をとらえるのに有効でなくなりつつある時代のあらわれか。
 本書巻末の主要参考文献にもあがる『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』で、著者の渡邊大門は、主に司馬遼太郎『関ヶ原』を意識しつつ、従来の誤った常識のありかたをこう指摘する。「秀吉死後、家康は虎視眈々と天下人の座を狙い、あらゆる謀略を用いて本懐を成し遂げた。その間には、家康以外も含め、おもしろおかしい根拠のない逸話が多々生み出された」。
「わしは天下など要らぬ」と思う家康を冒頭近くで登場させたこの物語は、大胆にも従来の常識、しかもその核心中の核心を否定するところから始まったことになる。
 多くの読者に知られた「関ヶ原」のイメージをあえて消して、「天下大乱」と名づけたことにも、作者の狙いは明らかだろう。作者は刊行記念インタビューのなかで、「この戦いは大勢力同士がぶつかり合う天下分け目の決戦ではなく、豊臣政権内の主導権争いです。それゆえ政争部分も含め、『慶長の政変』といった名称に変えてほしい」とまで語っている。
 当然のことながら、天下簒奪を狙う野心家徳川家康に対し過度に純粋な正義派石田三成という、司馬遼太郎『関ヶ原』でおなじみの組み合せは成りたたない。
 新たに選びとられるのは、家康対毛利輝元なる組み合せである。『関ヶ原』では家と領土の保全をのみ願う保守主義の権化としてわずかに触れられるだけの輝元はここで、祖父元就の「戦はするな」、「戦を恐れ、死を怖がれ」との教えを心に秘めて家康と対峙する、もう一人の主人公となる。
 秀吉の死から関ヶ原の戦いの終わりまで、二年余りの大小さまざまな出来事が、善悪、優劣を容易につけられぬ家康と輝元のあいだで、結果の見えないスリリングな事件として立ちあがりつづける。従来の関ヶ原ものに親しんできた読者であればあるほど、この物語は新鮮な驚きとともに受けいれられるだろう。
 ところで、わたしは今まで、これほど「静謐(平和)」という言葉が頻出する物語に接したことはない。
 死の床にある秀吉が「天下の静謐(平和)を保つには、そなたらの助力が必要だ」と言い、家康が「力を尽くして天下を静謐に導きまする」と応じる場面に始まり、時に前田利家が語り、時に輝元が語り、時に淀殿が語る。物語の終わり近くでは、家康が「この世を静謐に導ける者がおるなら、天下などくれてやってもよいではないか」と言いはなつ。
『天下大乱』をめぐる物語は同時に、人びとの「天下の静謐(平和)」への願いが束ねられた稀有の物語となっている。今を問う歴史時代小説の巨篇だ。

■伊東潤さん刊行記念ロングインタビュー

■伊東潤著『天下大乱』


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