少女とワタシとカップ麺
カップ麺の向こう側に美しい少女がいた。
少女はこたつの天板に頬をつけて、じっとカップ麺を見つめている。
「えっ、誰?」
ここはワタシが一人で住んでいるアパートの一室だ。1Kの狭いアパートだ。
今、ワタシは一人寂しく、夕飯にカップ麺を食べようとお湯を入れて時間を待っているところだ。
友人も家族も誰も部屋には呼んでいない。
なのに、少女が一人、ワタシのこたつに入ってカップ麺を見つめている。
少女はとても美しかった。こんなにも美しい少女だ、一度見たら忘れられないだろう。
だのに、ワタシには少女についての記憶はこれっぽっちもなかった。
だから、この少女とは初対面なのだろう。
初対面の少女をワタシは部屋に招き入れるだろうか。いや、そんなことはないはずだ。
つまり、この少女は勝手に部屋に入り、あまつさえ、こたつに侵入しているのだ。
「ねぇ、どこの子?」
ワタシはもう一度、少女に向かって話しかけてみた。
少女はニコッとイタズラっぽく微笑むだけだった。
少女はすっと細く白い指を持ち上げてカップ麺をつついた。
「もしかして、食べてみたいの?」
少女はにっこりとする。
「でも、これ、辛いやつだし……」
自分の貴重な夕飯であるカップ麺を少女に食べさせないといけないのかとも思うのだが、この時のワタシはどうしても少女にカップ麺を食べさせないといけないという使命感のようなものがあったのだ。
ワタシがこの時、食べようとお湯を入れていたカップ麺はエスニックな味だ。香辛料と唐辛子が入っているから独特の味と辛さがある。
少女はキラキラとした目でカップ麺を見つめてウンウンと頷いている。
「そんなに食べたいの?」
少女はうんと頷いた。
「じゃ、ちょっとだけだよ」
ワタシは使っていない割り箸とともにカップ麺を少女に差し出した。
少女は跳ねるように起き上がると、カップ麺をそっと掴んで引き寄せる。
蓋を開けて、たちのぼる湯気と酸っぱいような辛いような香りに少女は目を白黒させていた。
「ねぇ、無理しないでね」
美しい少女とカップ麺という組み合わせに違和感しかないワタシはもう一度止めようとした。
少女はカップ麺を傾けてスープを飲む。
こくりと飲んだところで少女はむせてしまう。
「大丈夫?」
少女がコホッ、コホッとむせるのをみてワタシは慌ててしまった。
キッチンから布巾を取ってこよう、
こたつから出てキッチンに行って戻ってきた。
「これを、使って……」
キッチンから戻ってきたときには少女はいなくなっていた。
「えっ」
広くもない室内を見回すが少女はいない。こたつの中も確かめてみたがいなかった。
窓も開いていない。玄関から出たのならキッチンにいたワタシとすれ違っただろう。
「どこに行っちゃったの?」
布巾を持ったまま、ワタシは呆然とした。
少女が座っていたこたつ、その付近の布団にはカップ麺のスープのシミができていた。
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