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⑥語学堂に行ったら、初めてオンニと呼ばれた

いよいよ今日から語学堂での授業がはじまる。

クラス分けテストの結果、希望していた通り3級からのスタートできることになった。順調に行けば、1年間で一番上の6級まで終えられる。

授業は平日9時から13時まで。50分授業が4コマある。3カ月少しで1学期が終わり、学期と学期の間には3週間弱の休暇がある。

学校の授業はもちろんのこと、クラスメートと会うことも楽しみだった。

どこの国から、どんな理由で来ているのか。

韓国という国についてどんな印象を持っているのか。

そんな話を早くしたくて、うずうずした気持ちを抱えて坂道を登りながら学校へ向かう。

ところで韓国では、日本よりも1カ月早く、3月から新学期が始まる。
3月1日からだな、と思い授業の時間割を見ると、その日は祝日だった。調べてみると「三一節」。1919年3月1日、日本の植民地支配に抵抗する市民たちの独立運動を記念した祝日だった。

そうか、韓国ではこんな祝日もあって当然だな、と気付かされる。

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授業が始まる5分ほど前に教室に着くと、まだ生徒はまばらだった。20人弱ほどの人数が入るようなこじんまりとした教室の右端の列に座る。

もうすぐ、9時というタイミングで、がやがやと賑やかな声と足音が近づいてきた。わっと5人くらいの生徒が入ってくる。

続いて、勢いよく先生が入ってきた。はっとするほどの美人だった。パク先生という女性の先生だった。先生は「여러분 안녕하세요~(みなさん、こんにちは)」とにっこり笑って挨拶をすると、出席をとっていく。

ひとりひとりの名前を確認しながら「どの国から来たの?」、「いつからこの語学堂で勉強しているの?」など簡単な質問をしながら聞いていく。

そのおかげで、このクラスは15人いることがわかった。ベトナム7人、インドネシア3人、中国3人、カナダ1人、そして日本からはわたし1人。この学期から入学したのは、わたし含めて3人。他の2人は、小柄で双子のようにそっくりなインドネシア人だった。

簡単なガイダンスを終えると、初日から早速授業が始まる。1,2時間目はパク先生に文法を習う。

授業はもちろん全部韓国語だ。韓国語で韓国語の文法を習うという、考えてみればなかなか高度なことに挑んでいる気がする。韓国語をそれほど聞き慣れてなく、おまけにいくつかわからない言葉があっても、つまずくことなくなんとかついていくことができる。生徒のレベルにあわせた先生の言葉選びが秀逸なのだろう。

練習問題を解いていると、パク先生が席を回って答えを確認する。パク先生は、わたしの席で立ち止まると、突然「もしかして、韓国人の彼氏がいるんですか?」と聞いた。

面食らいながら「いいえ」と答えると、「じゃあ、なんで来たんですか?」と好奇心を隠せない表情で、ストレートに質問をする。

一瞬、どう答えようか悩んだ。

「日本で韓国の歴史を知るにつれて、興味を持つようになって。もっと知りたくなったんです」と嘘ではないけど、本当とも少し違う答えを言うと、今度は先生が少し驚いた顔をした。

どうやら、ソウルと違ってこの地域に住む日本人は少なく、語学堂に通う日本人はだいたい、韓国人の恋人やパートナーがいる人だったという。そして、国籍関係なく語学堂全体でみると、ほとんどが大学、大学院への進学を目的に韓国語を学びに来ていて、わたしのような目的の人はめずらしいらしいということだった。だから、恋人がいるのかと聞かれたのか、と腑に落ちた。

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あっという間に2時間が終わり、3時間目の授業が始まると、今度はおとなしそうな先生が入ってきた。ハン先生という方だった。

3、4時間目は会話、読解、リスニングなどを日替わりで勉強する。

この日は会話の練習で、隣の席の生徒とペアになって、教科書にある会話のスクリプトをいくつかのパターンにあわせて練習をする。

隣のベトナム人の女の子が、席をくっつけるなり、「この先生の授業심심해」とぼやく。심심해が何かわからなくて、辞書をひく。「심심하다」という形容詞で、「つまらない、退屈だ」という意味だった。

苦笑しながら「習ったことあるの?」と聞く。どうやら、前学期も習ったようだ。勉強をさぼったら進級できなくて、後悔しているらしい。

教科書の会話の練習もそこそこに「名前は?」「何歳?」「大学に行くの?」と聞いてくる。気付くと、後ろのベトナム人2人組のペアも身を乗り出して聞いている。新入りに興味津々なようだ。

「30歳だよ」というと、3人とも驚いた様子で、顔を見合わせて笑う。「オンニだ」「ヌナだ」と笑いながら、「どこに住んでるの?」と人懐っこく、もっと体を寄せて聞いてくる。

韓国では、会話の最初に年齢を聞く。外国人、特に欧米から来た人にとっては、戸惑うことのトップ3に入るかもしれない。悪気があるのではなく、呼称を決めるためなのだ。

男性から見て年上の女性は「누나(ヌナ)」、男性は「형(ヒョン)」。
女性から見て年上の女性は「언니(オンニ)」、男性は「오빠(オッパ)」。
この呼称で呼び、年上にはちゃんと丁寧語を使うのがマナーだ。

ベトナムから来た3人は、19~22歳だった。私は彼らにとって「お姉さん」なのだ。「オンニ」「ヌナ」という呼び方は、ドラマにもよく出てくるし、もちろん知ってはいたけれど、名前で呼ばれるものだと思っていたから、韓国風の呼び名になんだかくすぐったい気持ちになる。年下には、名前を呼ぶのだけれど、ベトナムの名前は少し発音しずらく、ノートにハングルで書いてもらい、その綴りを見てようやく理解できた。

教科書の会話の練習は、途中で放っぽりだしていたけれど、これも会話の練習だと思い、わたしも彼らに同じ質問を返してみる。

なんと3人の内の2人は、きょうだいやおじさんが韓国にいるという。理由を聞いてみたけれど、お互いたどたどしい韓国語のため、よく理解できない。

ベトナムには韓国企業が多いと聞いたことがある。おそらく、韓国で勉強をすれば、ベトナムに戻ってもいい待遇で働けるチャンスがあるのだろう。韓国に残って働くという選択肢もあるのかもしれない。

よりよい生活を求めて韓国に来る。

その姿が、かつての自分の家族に重なる。

初日の授業があっという間に終わると、隣の席だった子が「オンニ、今度一緒にカフェ行こうね」と言うと、恥ずかしそうに笑って、走って教室を出ていった。

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