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「読書という荒野」

まさかの再会でした。

5月の最後の金曜日、箕輪編集室の運営チームの皆さんとCAMPFIREでお会いし。コミュニティについてひとしきり熱く意見を交わした後に。

ケンケンの本だ!

さえない高校時代のわたし。クラスのすみっこ女子で、とにかく本ばかり読んでいました。ハードカバーも文庫本も、もちろん雑誌も。毎号欠かさず買っていたのはマガジンハウスの「Olive」で、山田詠美さんの「放課後の音符(キーノート)」の連載を読むのが大好きでした。

(上記は8歳の頃のわたし。地元で本好きの子ども、として名を鳴らしていました。今見ると昭和感が半端ない写真・・・)

暗くなれば田んぼみちにコウモリが飛ぶような田舎。恋愛は奥手。いつも片思い。そんなわたしにとって詠美さんは都会のあこがれの女性。気が付けば小説だけでなくエッセイ(熱血ポンちゃんシリーズ、略して”熱ポン”)が出版されるたびに書店に駆け込み、頁を繰るのももどかしく文字を追いかけて全身で詠美さんエッセンスを吸収していたものです。

そんな詠美さんのエッセイに登場する名物編集者のケンケン

あの頃のわたしたち熱ポン読者にとって、ケンケンは特別な存在でした。詠美さんの素晴らしい才能を世の中に送り出すだけでなく、熱ポンを彩る個性的な登場人物のひとり。イッシーとともに繰り広げられる珍道中。詠美さんのエッセイを通して海外で、バーで、パーティで、ケンケンはいつだってわたしたちと一緒でした。

その後、幻冬舎という新しい出版社を立ち上げられ、たくさんの伝説とともに作家の情熱や狂気を「本」にかえてきたケンケンイッシー。非力ながらずっとずっと応援していました。幻冬舎から出版されるものはとがった作品が多く、「邪道」と嫉妬まじりの批判をされることもありましたが。

邪道、上等だよ。

ケンケンを知らない批評家たちにわたしはそっと毒づいていました。よこしまな道と揶揄する輩に伝えたい。そもそも正しさとは何なのか。何をもってして正しい道と君たちは呼んでいるのか。わたしたちが歩いた後ろに道はできるんじゃないか。誰かが作った舗装された道路を歩くためにわたしたちは生きているんじゃない。

文学というのは人間のもつ原罪や、生や、愚かしさを題材にするからわたしたちの心を揺さぶり、人生観を変える。その覚悟もないのに、評論家を標榜するな。倫理観で書かれた小説を読みたい人は、いるのか。

そして時を経て「読書という荒野」に巡り合えました。

本著にも取り上げられている「シンプルな情熱」(アニー・エルノー著/ハヤカワepi文庫)は、ケンケンが幻冬舎を立ち上げた1993年に邦訳が出版され、詠美さんが何かのインタビューで取り上げたタイミングでわたしも読みました。

当時わたしは19歳。正直、よくわかっていませんでした。性愛のことも、人間の持つ業の深さも。とはいえ乾いて理性的な文体でつくられたこの作品のことはいつもどこかにひっかかっていました。

その後はじめて結婚した相手との関係が行き詰まってしまい、突き動かされるように一人でパリに。そこで「この結婚はもうダメなんだ」という確信に近い思いを得て。

帰国し平日の勤めと並行して土日に三宿の交差点にあった吉野家でアルバイト。肉盛りができるようになって時給が930円になった4か月後、引っ越し資金がたまり離婚。自分が選んだとはいえ想像以上に離婚という事実に打ちのめされ自己肯定感を損ないもがきました。

そんな時に読み返した「シンプルな情熱」。ようやくしっくりとはまる感触がありました。自分の中の情熱(パッション)と、抗えない恋情。手放さなければいけないもの。終わりの日のこと。もう二度と会えないと受け入れること。再生していく日々。自分が経験したこととなぞらえて、文字が熱をもってわたしに迫ってきました。

わたしはそれでも生きていく。陳腐な言葉でしたが、腹がすわりました。

あれから16年。夫と娘と幸せに暮らしているわたし。あんなにつらかったはずの離婚当時のことも、この本のことも忘れていました。日常は残酷です。覚えていたかったはずの、なくしたくなかったはずのこの感情も、あっけなく手放してしまっていました。いたはずでした、が。

「読書という荒野」が、わたしを再びここに連れ戻してくれました。

本著の中でケンケンが紹介してくれている本は、思春期から成人するまでに読んでいて感銘を受けたものばかりでした。読むうちに落涙しそうになるのを必死でこらえ、それぞれの物語の登場人物とすごした日々、そして言葉にならない感情と向き合いながら、ああ、やっぱりケンケンはすごいなあと打ちのめされています。

今はただただ、本が読みたい。読みたい本がある。幸せな人生です。


トリスと金麦と一人娘(2023 春から大学生になり、巣立ちます)をこよなく愛する48歳。ぜひどこかで一緒に飲みたいですね。