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◆怖い体験 備忘録╱第5話 熱と怪異の話

あれは中学に上がった頃でしょうか。
わたしは比較的よく熱を出して寝込む方だったのですが、あの日も確かそこそこの高熱を発し、学校を休んで寝ていました。

その頃になると、もう金縛りの類いは日常茶飯事になっていました。
なので、その日も高熱にうなされる夢うつつのさなか、ふと覚醒した時にかかっていた金縛りにも、最初は「またか」くらいの感想しか抱かなかったのです。
ただ、そこからの展開がいつもとは少し違っていました。

公営住宅の、わたしたちが寝ていた部屋の天井は昔ながらの木目調だったのですが、黙って金縛りのまま見つめていると、ちょうど木目の穴のようになっていた部分がもぞもぞと虫のように動き出したのです。

あぁ、これは熱が見せる幻覚を見ているんだな、とわたしは思いました。
そのうち、その木目の蠢きが徐々に肉感を帯びてゆき、やがて奥からギョロリと人のものと思しき目玉が覗きました。
さすがに気味が悪すぎてぎょっとしたものの、金縛りに遭っている身ではどうすることもできません。

熱だ。熱のせいだ。

そう言い聞かせているうちに、今度は枕元に置いて好きなアーティストの音楽を聞いていたラジカセの中から、だんだんと読経の声が聞こえ始めました。

隣で、当時飼っていた愛犬が寝ている気配はありましたが、起きている様子はありません。
読経の声の奥に、時々獣のような唸り声も混じっていましたが、犬は一向に起きようともしていないようでした。
天井の目玉は相変わらずギョロギョロと鈍く光りながら動いており、わたしはもうすっかり諦めてじっとすることにしたのです。

ところが。
ある意味、あまりの怪異の連続で『これは霊現象というより熱の幻覚なのでは』と冷静になったせいなのか、途端にわたしは尿意を感じ始めました。
金縛りの最中には、初めての経験です。

これはもう、金縛りが解けるまで我慢するべきか。
いっそのこと、金縛りなのをいいことにこのまま己の尊厳を捨てて漏らしてしまうべきなのか。
一瞬の逡巡の末、ありえない選択肢を設けた自分に腹が立ち、わたしは トイレに行きたい一心で金縛りを振りほどくべく全身の力で飛び起きてみたのです。

金縛りは、驚くほどあっさり解けました。
まだ天井から目玉が覗き、読経が鳴り響いている部屋を慌てて飛び出し、わたしは慌てて走りました。
子供部屋からトイレに続く公営住宅の短い廊下は窓がないため、電気を点けないと常に薄暗いのですが、この時はどうしたことか、スイッチを押しても電気が点きません。
慌ててトイレに駆け込む際も、普段から怖がりのためについつい昼間も電気を点けてしまっていたのですが、廊下に続いてトイレの電気も点かない。
とりあえずそのまま用を足したわたしは、恐る恐る部屋に戻ることにしたのでした。

部屋に戻ると、目玉は消え去り、読経の声もやみ、わたしの勢いに驚いて目を覚ましたのであろう愛犬が、不思議そうな顔でわたしを見ていました。

やはりあれは熱のせいで見た幻覚だったのだろう…と結論づけた頃、パート先から母が戻ってきました。
さすがに中学生にもなると、天井の目玉のことやラジカセのお経のことはなかなか話す勇気が出なかった。でも、トイレと廊下の電気が点かなかったことだけは話しました。

この頃には、熱もすっかり下がっていたらしいです。
ただ、おかしなことに、いくらわたしがスイッチを押しても点かなかったはずのトイレと廊下の電気は、まったく問題なく点いていました。
今にして思えば、あれも熱による幻覚だったのかも知れません。
いくら熱が出たからと言って、あんなに一度に変なものを見たり聞いたりしたことは、そうそうないのだけれど…

ただ、その後何度か不思議な体験を重ねる中で、いくつか電気系統に異常をきたす事例がありました。
もしかすると、おばけと電気の間には、何がしかの因果関係があるのかもなぁ、とは、今だから言えることです。

それでは、このたびはこの辺で。


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