「いただきます」が解決する
寒暖の差が激しい今日この頃。
昨日とくらべて10度以上も温度が違うなんて、、、
(もうそんなに驚かないですけど)
変化の大きさにも慣れてきました。
ただし、その温度差も目に見えないところで身体の負担になっているのでしょう。
でも、こうして元気に生きていれる。
変化の激しい日々のなかを、この身体、細胞たちは、常に健康を保とうと働いてくれているわけです。
そういうことを考えるにつき、本当に感謝しなくちゃなぁと思います。
さてさて、
寒暖差から連想して思うことがあったので書いていきます。
「寒い」と「暖かい」は対です。
皆、その真ん中「ちょうどいい」を求めています。
中心を持てば平均がとれるように。
動物愛護とアニマルウェルフェア
物事には必ず対立があって、どちらに立っている人も、その立ち位置で意見をいいます。
人の前に立てば顔が見えますが、後ろに立つと背中しか見えません。
というように、立ち位置が違うと見えている部分も違うはずです。
世の中には「動物愛護」を訴える人がいます。
動物の命、尊厳を守ろうと活動している人たちは年々増えているようです。
ここ日本には「動物愛護法」という法律もあり、動物を飼育する上でさまざまな規制がされています。
たとえば、動物園や水族館で餌をじゅうぶんに与えなかったり、掃除をせずに劣悪な環境で飼育を続けたりしていると、それは法律違反となります。
また、欧米を中心に世界では「アニマルウェルフェア」の考えが広まっています。
アニマルウェルフェアとは直訳すると「動物福祉」のこと。
分かりやすく言うと、
(牛・豚・鶏など)家畜にとってストレスや苦痛の少ない飼育環境を目指す考え方のことです。
こうした動物愛護の観点や、世界的なアニマルウェルフェアの広がりがきっかけで、菜食主義いわゆる「ヴィーガン」になったという人も多くいますね。
ちなみに、日本の食養や、そこから発展したマクロビオティックなども玄米菜食をすすめるので、ヴィーガンと混同してしまっている人がたまにいますが、これは違います。
マクロビオティックの桜沢さん風に言うと、
「ぼんやりですな」
(すみません、1度言ってみたかっただけです、、、笑)
食養に「お肉は食べちゃいけないもの」と戒律のように示しているものはありません。
たしかにお肉を食べたら血が汚れやすくなるので、食べすぎはおすすめしませんけど。
体質的にも、年齢的にも、お肉が必要な人はいます。
お肉が良質なタンパク源であることには間違いないので、良いお肉を選びたいですね。
少し話がそれてしまいましたが、
近年、動物愛護を訴える人が増えるとともに、「お肉を食べない」人も増えてきたように思います。
別にそれを否定するとかではなく。
逆も然りです。
人それぞれ考え方があるのですから、「お肉を食べるか食べないか」は他人に強要するものではありません。
しかし、物事には対立が生まれるのです。
あーいえばこーゆう人を納得させる
「動物を守るためにお肉を食べちゃいけないって言うのだったら、野菜はいいんですか?植物だって命でしょう?」
世の中には、あーいえばこーゆう人がいるんです。
、、、
すみません、僕ですね。
(正確にいうと、過去の僕です)
上の言葉は、実際に僕が発したことがある言葉です。
いやぁ、あのときは若かった、、、笑
過去の僕は「お肉を食べない人」の否定派でした。
今思えば「人は人」なので、別に否定する必要もないのですが。
なんかそういう議論になったんですよね。
それから自然食の仕事について、石塚左玄の食養を学んで、一転してお肉を食べない時期がありました。
やはり、動物の命を守りたいという思いで食べなくなりました。
だって、本当に可哀想なんですもの。
詳しくは調べてみてほしいのですけれど、家畜の飼育環境は決して良いものではありません。
(もちろん、すべてがそうではないですが、大量生産の裏には多くの動物の犠牲があります)
はじめて鶏の飼育環境について知ったときは衝撃でした。
もし、自然食の仕事をしてなかったら、こういう情報にはたどり着かなかったかもしれません。
僕たち日本人は、知らないことが多すぎます。
※こちらの記事で、鶏の飼育環境についても書いています↓
で、しばらくはお肉を食べない日が続いてたのですが、栄養の勉強をしているうちに、やっぱりお肉の必要性を感じてまた食べるようになりました。
そのとき、少しばかりの葛藤が生まれました。
そう、自分の心の中に対立が生まれたんです。
1度、劣悪な飼育環境を強いられている家畜の映像を見ると食べられなくなるのですよ、、、
さて、
そんな葛藤を乗り越え、心の中で繰り返し行われた議論を解決してくれたのが、日本の文化です。
あーいえばこーゆう、めんどくさい男を納得させてくれたのが「いただきます」なんです。
「いただきます」の意味
皆さん、「いただきます」していますか?
最近は食事の前に「いただきます」をしない家庭もあるとかないとか。
これも「人は人」なので、別に強要すべきことじゃないんですが。
でも、「いただきます」は日本にしかない、素晴らしい風習というか作法、儀式なんです。
「いただきます」は、料理を作ってくれた人に対する感謝。
配膳をしてくれた人、野菜を作ってくれた人、魚を獲ってくれた人に対する感謝の言葉。
そしてもう一つは、命への感謝です。
自分たちが生きているのは、多くの生命のおかげによって成り立っている。
だから、命をいただくことに感謝の心を捧げる。
そんな儀式が「いただきます」です。
ここに日本文化の真髄があると思います。
はじめてその意味を知ったとき、思いましたね。
なんてすごい文化なんだ!
って。
そう思いませんか?
「いただきます」とは、命をいただくこと。
日本人は、自分たちが生き続けられることは多くの生命の犠牲によって成り立っていることを知ってたんですね。
たまに動物が人間を襲ったニュースを見ることがありますが、人間を殺した動物を猛獣といって敵視していますけど、動物の方から言わせれば、人間の方がよほど猛獣に見えるでしょうね。
動物愛護、アニマルウェルフェアの考えに触れて、その上で「いただきます」の意味を知る。
お肉を食べるか食べないか、和解しない議論の中心を持ってくれたように思うのです。
日本の精神
「いただきます」に表れる日本の精神。
それは、対立の中心をとり、平均を保つ見事な考え方です。
だからといって、この対立が解消するわけではありませんが、僕自身はすごく腑に落ちました。
食に関する問題が多くある現代こそ、「いただきます」の意味を知り、深く感じることが必要です。
動物愛護のこと。
農薬や添加物のこと。
遺伝子組み換えのこと。
日本の精神は、食の問題を解決してくれる力があると思うのです。
本当に、日本の文化は素晴らしい。
最近、寒暖差が激しい日々が続くと、そうあることで、まるで地球がバランスを取っているようにも感じるんですよね。
そして、その中心を求めてしまうんです。
あるとむ
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