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カンヅメ

電話を切ってすぐ、かけてきたジジイの名前を忘れて以来、常にメモとペンを持って生活しないと不安になるタイプの人間になった。

私は俗に言う「メモ魔」で、なんでもメモを取らないと気が済まないタチだ。レストランに行くと、食べたいメニューは全てメモを取る。ハンバーグが乗った鉄板の右上が牛の形に浮き上がっていたとか、和風おろしソースにしたとか、そういうことをメモしていく。食べてる時間よりもメモを取る時間の方が長いことはもちろん気付いているのだが、「食べてる時間よりもメモを取る時間の方が長いじゃん(笑)」くらいに思ってる。今日食べたハンバーグは美味しかったので絵も描いた。

注文数が多くなりがちな居酒屋だとこの癖は重宝されることが多い。頼みたいメニューを逐一書き留めて、値段まで書くので、今大体いくら分食べたとかいった心配事がすぐに消える。テレビを見ていても手が休まることはなく、あらゆる情報をメモしていく。クイズ番組なんて地獄であり天国だ。ノートに書き込んでいくとすぐに1冊消費してしまうが、それがわたしにとってはたまらなく快感で、どうしてもやめられないことだった。(ノートは持ち歩きやすいようにA6サイズのものなので余計にすぐ詰まった)

前職のお菓子メーカーは3年2ヶ月と12日働いて退職した。退職したタイミングでまとまったお金が入ってきたため、iPadを購入し、そこにメモを取ることにした。大きさは8.3inch.のものだ。ノートにメモを取るのも楽しみの一つではあったが、場所もお金も嵩む。それならばタブレット上でメモを取り、その中で管理してしまえば場所もとらないし、タブレット代だけでそれ以上のお金は必要ない。しかし、タブレット端末にメモを取るようになって数ヶ月も経つと、メモだけで容量がいっぱいになってしまった。どうしたものかと考えていると、ふとクラウドサービスを思い出した。そうだ、タブレット上に残すのではなく、どこかに発表すればいいではないか。そして私はnoteに全てのメモを発表することに決めた。2021.8.3〜

noteに発表したメモは、本当に単なるメモで、文章になっていないものばかりだったが、私のあまりの狂人ムーブにすぐに話題となり、「スキ」も最初の記事をアップして5時間で132集まった。毎日のメモを誰かが見ている。私が今までやっていたことを発表するだけで「スキ」が大量につくのは不思議な感覚だったが、悪いものではなかった。

次の就職先はお菓子メーカーのノウハウを生かせるのではないかと思い、食品メーカーを探していた。良いところがみつかり、就職することになったが、配属されたのは缶詰をおもに扱っている部署だった。そこで私は缶詰の仕組みを学んでいった。

缶詰にするにはまず原料の頭や内臓、果物や野菜の場合、種子や皮などを取り除く。その後缶に詰められ、調味液などを注入する。そして密封するのだが、その前に中の空気を取り除く作業が入る。これは缶の変形などを防ぐほか、缶内面の腐食や食品自体の変化を防ぐためだそうだ。そして密封した後殺菌をする。
中に食材が入った状態で空気を取り除くという行為は、イマの現状そのままを保存しているような感覚を覚える。酸素を無くして殺すのではなく、殺したものを生かしておくために酸素を抜く。なんとも不思議な作業だ。

ある日、私は十和田湖へ訪れることになった。会社の慰安旅行だった。私は旅行に行くことは滅多にない。旅行に行くと、メモをしたくなるような事柄が大量に現れるのだ。土産屋の商品の名前や値段、旅先で起こったことや出会った人との会話だ。だから行くとしてもUSJとか浅草のように物や人が溢れているところではなく、自然が多い場所にいく。その方がメモをすることがないので落ち着いて満喫できるのだ。そういう意味では今回の慰安旅行はありがたかった。


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