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胸に星の破片

25歳、夏、私の胸に蕾ができた。
文字通り、花の蕾だ。痛みはない。
どうやらこれから私の胸に花を咲かせるつもりらしい。
傲慢にも程がある。
その蕾を見つけてからというもの、私は漠然と、「花が咲いて枯れる時、私は死ぬんだな」と思うようになった。

小さい頃から私の胸には「しこり」があった。
胸といっても胸骨のちょうど真ん中辺り。小さな小さなしこりだ。成長するに従って、そのしこりは少しずつ膨らみ、そしてある日芽を出した。
それから25歳の今に至るまで、厄介な生命は私と共にあった。
服に擦れても、体を洗ってもびくともしない。相当強いらしい。きっと、骨を超えて心臓まで根を張っているのだろう。

花が咲いたらあとは枯れるしかない。
そう思ったらいてもたってもいられず、すぐに仕事を辞め、貯金を切り崩し、自分の好きなことに時間を費やすようになった。
観てなかった「LEON」を観た。「シザーハンズ」も、「ショーシャンクの空に」も観た。
本屋に行き、並んでいる本で気になる本をありったけ買って、貪るように読んだ。
読み終われば本屋に行き、また本を探す。
膨大な数の本を目の当たりにするたびに、本の中に存在している世界、その全てに入り込めないという現実に絶望した。
コーラは苦手だったが、刺すような痛みにはどうやら慣れたらしい。
炭酸の細かい泡が鼻を刺激した。
体に悪いものを飲んでいる罪悪感はなかった。
タバコも吸ってみたが、どうやら私には合わないようだった。

そして27歳、夏、胸の蕾は花を咲かせた。
あともう少しの命なんだ。
枯れるまでの間、必死に生きた。
どんどんと落ちていく花びらは、一つ一つがとても重く感じた。対して、私の命はどんどんと重さをなくしていくような気がした。
花びら一枚一枚が、これまで私が過ごしてきた一年のようだ。
明日最後の花びらが落ちるかもしれない。心臓の鼓動の速さは、花びらが落ちる不安を掻き立てて、鼓動をさらに早めた。
そして28歳の誕生日を迎える1分前、花びらの最後の一枚が落ちた。

わたしは28歳を迎えた。
花びらが全て落ちても生きていた。
本屋で味わったあの絶望は消えた。
諦めた夢は、また私の中に現れた。
やりたいことが頭の中を駆け巡った。
まるで生まれ変わったような気分だった。

胸をよく観察すると、そこにはたしかに新しい芽が顔をのぞかせていた。


「胸に星の破片」

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