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妹と私┊︎統合失調症の妹との向き合い方

2000年 夏

妹は真夜中に産まれました。

私は祖父母の家に預けられていたので
産まれたばかりの妹に初めて会ったのは
数日後のお昼でした。

とても暑い日でした。

久しぶりにお母ちゃんに会った喜びとは別に
この小さな赤ちゃんが私の妹なんだ、
私はお姉ちゃんになるんだ、と
なんだか少しむず痒いような喜びが
溢れてきたのをなんとなく覚えています。

予定日より5日程遅れて産まれた妹は、
とてもふにふにしていて柔らかくて
他の赤ちゃんと比べると大きかったです。

そして、あまり泣かない、笑わない
おとなしい子でした。


退院前

お母ちゃんが退院する数日前、
私は祖母に連れられてお見舞いに行きました。

その時間、妹はすやすや眠っていました。

その寝顔が可愛くてほっぺをつんつんしたり、
私の指を掌にのせてにぎにぎさせたり。

まったりした時間が流れていた、その時。

急に病室が大きく揺れました。

祖母は覆い被さるように私を護り、
お母ちゃんは寝ている妹をケースごと覆いました。

揺れはそう長くは無かった気がします。

祖母が病室のテレビをつけると、
速報が流れていました。

震度4

今でこそ、もっと大きな地震が
たくさん起こっていますが
その当時はあまり地震に馴染みがなく
震度4はとても大きい地震という印象でした。

「揺れたねぇ」

未知の揺れに身体が強ばった私の背中を
ポンポンと優しくなだめるように叩きながら
祖母が言いました。

その間も、お母ちゃんは妹の寝ているケースを
しっかりと握っていました。


記憶

私は、高校1年の冬に交通事故にあいました。

また追々そのことは書くことになると思いますが
そのときから、昔の記憶を遡ることが
難しくなりました。

そんな中で、この地震の記憶は
はっきりと覚えています。

お母ちゃんにとっての一番が私じゃなくて
妹になった瞬間を目の当たりにして、
私の中に初めて"嫉妬"という感情が
生まれたから…かもしれません。


一番になりたい

幼稚園に入る前の記憶は
ブランコから落ちて頭を打ったことと
お母ちゃんが近所の犬に噛まれたことしか
覚えていません。

私は人見知りが激しいわりに
とてもやんちゃだったと聞いています。

妹が生まれてからは
かなり大人しくなったようです。

その頃からの記憶でぽつぽつと思い出すのは
例えば運動会で1等賞になったり
縄跳びがクラスで1番飛べるようになったり
誰よりも早く鉄棒ができるようになったり
一番になったことばかりです。

小学校にあがってからも、
新学期に全校生徒の前で作文を読む代表になったり
運動会ではリレーの選手に選ばれたり
習い事の書道で特選や金賞をもらったり
"一番"には強いこだわりがありました。

一番になれば褒められる。

一番になれば、妹よりも構ってもらえる。

今まで私にだけ注がれていた愛情が
妹にもわけられるようになって
寂しかったんだと思います。


ここまで読んでいただき
ありがとうございました。

こひなた🌸

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