とまどいと向き合う時間
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とまどいと向き合う時間

とまどい…。「CADAN:現代美術」展に入った瞬間に感じた気持ちである。なぜなら会場に作家の情報が少なかったからだ。通常、美術館やアートプロジェクトでは作品の意図や作家情報が印刷物やSNSで伝えられている。この会場は作品のスタイルもスケールもそれぞれで、どこをどう見るか焦点が定まらない。出展ギャラリーが変わるたびに、私の眼は情報を探してしまう。作品との向き合い方を変えないとここでは何も消化できない。そこで頭を白紙にしてみる。好きか、嫌いか、心地よいか、否か。そうしてなんとなく会場を歩いてみると、ある作品に出会った。TARO NASUギャラリーのアン・トゥルイットのドローイング。さりげなく鎮座している作品にざわめいていた心が落ち着く。

4点のドローイング作品はどれも静かな色調である。淡い紫色の上にさらに明るいトーンの紫色が細く擦れた筆の運びで横断する。別の作品では深紅色に区別がつきにくい濃いめの紫色が重なる。心と心の重なりだろうか、曖昧に重なり合っているようだが、時間がたつにつれ、それぞれの主張がはっきりしてくる。弱いようで強い、可変的な色と色の混ざり合いが心安らぐ。

彼女の作品に対峙したとき、作家の経歴を気にすることなく、心のままに純粋に向き合える。それは見ることを無理強いするような一方的な態度を感じないからだ。帰宅後、改めてアン・トゥルイットを調べてみる。1921年アメリカ、メリーランド州生まれ。心理学を学び、看護師としての経験を経て制作活動を開始し、具象彫刻から幾何学的な表現へと変化しながら、自身の記憶をテーマに据えた作品を展開していく。色に落とし込まれた作家の記憶は、私の記憶と重なり合い、共鳴したのだろう。

展示の意図するところではないのかもしれない。しかし私はこの展示を通して、情報というフィルターを外し、とまどいながら作品を鑑賞する時間に豊かさを感じた。導き手がいなくともアートを楽しむことはできる。鑑賞者は数あるアート作品の中から、自分が向き合える作品を選ぶことができるのだ。CADAN展はアートとの素直な向き合い方を体験できた展覧会であった。

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荒生真美


#アン・トゥルイット #CADAN #美術 #アート

アートにまつわる言葉を編み、文字を綴ることを専門的に学ぶ学校「アートライティングスクール」のnoteサイトです。受講生の記事を中心に公開します。本校は「東京ビエンナーレ2020/2021」のソーシャルプロジェクトのひとつで、プロジェクトディレクターは美術評論家の福住廉です。