見出し画像

都市リサーチの可能性をめぐって——YAU SALON vol.4「誰が為にリサーチは或る?」 レポート

2022年12月7日夜、有楽町ビル10階のYAU STUDIOを会場に、YAU SALON vol.4「誰が為にリサーチは或る?」が開催された。

「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホスト役となって、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わすトークシリーズ。第4回となる今回のホストは、YAU STUDIOを拠点のひとつとして有楽町エリアでもプロジェクトを行ってきた「TOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH」の代表で写真家の小山泰介が務め、「都市のリサーチが社会にもたらすXを巡る、アーティスト、研究者、都市開発者と人々の対話」というサブタイトルのもと、幅広い専門分野における都市についてのリサーチの方法論や、その越境の可能性について議論が行われた。

ゲストとして、毛井意子(三菱地所株式会社都市計画企画部)、高須咲恵(アーティスト)、角田隆一(横浜市立大学国際教養学部准教授)、中島弘貴(東京大学未来ビジョン研究センター特任助教)、山川陸(建築家)、榊原充大(株式会社都市機能計画室 ※オンライン参加)、山本華(リサーチャー、写真家)が参加。異なる領域で都市のリサーチに携わる7人が顔を揃え、意見交換した。ディスカッションを通じ、リサーチにおいてフォーカスする点や手法の違いだけでなく、現在の社会や都市の在り方を変えうる、アートの可能性も見えてきた。

当日の模様を、アートに関する記事も多く手がけるライターの近江ひかりがレポートする。

文=近江ひかり(ライター)
写真=Tokyo Tender Table

■異なる視点で「都市」を考える

トークはまず、小山泰介によるTOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH(以下、TPR)の活動紹介からスタートした。

TPRは2018年、当時2年後に予定されていた東京オリンピック・パラリンピックに向けて、再開発が進む東京をめぐるフォトグラフィック・リサーチを志して発足した、これまでに約70名のアーティスト、音楽家、建築家、キュレーターらが関わってきた共同体だ。現代における写真の可能性を探るとともに、都市をどう表現するかを多角的に考える活動を行い、ワークショップやトーク、リサーチのプロセスを含む展示などを開催してきた。20年には「有楽町リサーチプロジェクト」として、ヴァルター・ベンヤミンやロラン・バルトらの哲学的言説、近代建築の巨匠の仕事なども参照し、「街」の役割について考察するいっぽう、疑問や問いかけを「クエッションズ」として収集するフィールドリサーチを展開した。

小山泰介氏

ついで登壇者も、各々の都市のリサーチにまつわる活動を紹介した。

アカデミックな観点から都市を扱う専門家として、公共政策とサステナビリティの研究機関である東京大学未来ビジョン研究センターに所属する中島弘貴は、都市計画研究や設計事務所での経験を経て、現代の都市の構造や仕組みについて、社会科学と自然科学、理論と実践を融合させた視点からリサーチしてきた。現在は、アーバニズムをはじめとする複数の学問領域に関わる概念についてのメタ研究や、人口減少時代における土地所有権のあり方についての研究などに取り組んでいる。そこでは、具体的な実践を理論的に記述することで、様々な分野の実践者と研究者をつなぐ共通言語となる新たな学術知を見出すことが目指されているという。

中島弘貴氏

いっぽう、ツアーパフォーマンスなどを制作する建築家の山川陸は、自身がマネージャーを務めるラーニング・コレクティブ「RAU(都市と芸術の応答体)」での、映像制作を通じて現代の都市と芸術について考える活動を紹介した。建築家の藤原徹平と芸術学研究者の平倉圭がディレクターを務め、いわゆるつくり手以外の参加者も共に制作と議論を行う同プログラム。2020年の発足以来、映画監督の三宅唱をゲストアーティストとして迎えて、土地のレベルから都市について考えるため、世界各地からの参加者とともに活動してきた。年ごとに問いとなるテーマを設け、参加者がスマートフォンで撮影した映像を持ち寄って定期的にオンラインミーティングを行い、実験的なワークショップや展覧会も開催。試作と応答を繰り返している。

山川陸氏

アーティストとしては、昨春大学を卒業した先進世代のリサーチャー・写真家である山本華が自身の作品を紹介した。山本はTPRにもプロジェクトメンバーとして参加しており、在日米軍基地やアメリカと、自分の出自である千葉県を題材とする作品などを、フィールドワークに基づき発表している。会場でもリサーチ過程が展示された近作《The Naval Spectacle》(2022)は、横須賀の観光名所となった米軍基地の軍艦を観光写真を意識した表現で切り取り、安全な場所から軍事施設を眺めるという図式や、現実との距離感について考える作品。リサーチをもとに写真を撮影する手法により、政治的な事象や歴史的な背景をもとにイメージを扱った作品を制作している。

山本華氏

京都を拠点としオンラインで参加した榊原充大は、リサーチを活用して、都市計画、施設計画、まちづくりなどにおけるコミュニケーションやリレーションズのデザインを手掛ける。YAUでも同様の観点から告知やビジュアル作成などの戦略づくりにも関わってきた。2008年から続く建築のリサーチプロジェクト「RAD - Research for Architectural Domain」の活動と並行して、現在は株式会社都市機能計画室として、学校や図書館、公園といった公共施設をつくる際の住民・関係者へのリサーチや地域の人々が設計に関わるためのワークショップ、またシティプロモーションや空き家流通促進のための戦略づくりなどの業務を行なっている。リサーチにおいては、調査するだけで終わらせず、それ自体を多様な主体がプロジェクトに対して「関わりしろ」を持ち得る手段ととらえ、都市環境と人々をつなぐ機会を創出することを重要視していると語った。

学術研究、作品制作、ビジネスなどのアウトプットだけでなく、活動形態もそれぞれ違う参加者たちのプレゼンテーションからは、問題設定やアプローチの多様さ、「都市」というテーマがはらむ幅の広さが明らかになった。

■データを見る、人々の日常を見る

後半は、各登壇者の自己紹介を踏まえ、お互いの立場から意見を交わすトークセッションに移行した。

都市工学を学んだバックボーンを持ち、現在三菱地所の社員として都市開発を担う毛井意子は、スマートシティの実現を目指し、ロボットなどを利用して街の情報を発信するアプリ開発プロジェクトなどに携わってきた。前半のアーティストによるリサーチのプレゼンテーションを受け、「私は大学時代からまちあるきをしてきて、都市に関する写真やアート作品などを見てきたので、とても好きな視点」とコメント。自らも人の営みを慈しみ、思いを実現するためのエンジニアリングを心掛けてきたといい、「都市開発を担う不動産会社のなかにいて感じるのは、ひとつのビルに多数の社員がかかわっていて、それぞれが電気や設備、賃料、入居者の満足度など、同じビルでも見えているデータが違うしデータを見ない人もいるといった面白さ」と話した。

毛井意子氏

社会学(現代社会論)を専門とする研究者の角田隆一は、家族写真や「プリクラ」、Instagramなど一般の人々による写真文化を題材にして近現代社会を考察してきた。近年では対象を写真家による作品など芸術表現としての写真にも広げ、制作を含む授業を展開している。社会調査の方法論にのっとりつつも学術とアートの越境を考える立場から、リサーチの到達点の相違や、アーティストの視点との共通点を指摘した。そうしたなかで、自身が大学にて進めている写真のプロジェクトの目的は「現代社会をより深く持続的に考え続ける」ことであり、レム・コールハースによる「ジェネリック・シティ(独自性のない都市)」の概念を紹介しながら、都市環境の見方や生き方を「異化」し、ドラマを発見することの重要性や、「いまある街をどう生きるべきかを考えていくことが、人生の豊かさにつながる」と語った。

角田隆一氏

ディスカッションのなかでは、立場の違いを超えた興味深い共鳴も見られた。例えば、山川が「RAU」の活動において「土地」という言葉を使う理由として、都市は循環するものであるいっぽう、埋め立てなどの不可逆的な変化も含み、「人間が土地に対してどう考え、決定してきたのかが反映されている」と発言すると、中島は廃村の研究など、研究者にも都市の不可逆性に注目している例があると指摘した。しかし、共通する視点のなかにも、「アカデミックはメタで理論的な体系化を指向する一方、アートは日々の瞬間に注目できる」と相違点を分析。「土地などの深層と日常としての表層、両方のレベルで考えることで、都市との距離感をデザインし直せるのでは」と語った。

続いて、変化と保存に関する考え方をめぐり、議論が展開された。小山は、TPRでは記録集をつくるなどアーカイヴを重視していることを紹介。対して、路上や公共空間をテーマに活動し、街をめぐるイベント「ナイトウォーク」なども行ってきたアートチーム・SIDE COREの一員である高須咲恵は、彼女らが「ナイトウォーク」のなかでとくに注目するモチーフは、建築、都市生活のなかで生まれてきた無為な空間、「トマソン的なもの」やグラフィティなど、人間の行為と痕跡だと語った。とくにグラフィティはゲリラ的につくられては消される循環を続けていて、物質として固定されたモニュメントとは異なる存在だ。同じく関心領域のひとつである廃墟の例もあげながら「先進的な建造物もいずれ古びていく可能性がある。残していくことを目的にしてつくられたものも、じつは不変ではないのではないか」と問いかけた。

高須咲恵氏

こうした一連のやり取りを経て、ディスカッションの最後には、図像として「残す」メディアである写真の性質についての議論が展開された。山本は写真家・リサーチャーの立場から、「写真はデータだけ残っていても意味をなさないことも多い。フィルムなどを物理的に残すこともできるが、イメージだけで説明がなければ、本来の意図と異なる伝わり方をすることもある」とコメント。山川はプロジェクトを「続ける」こと自体の重要性にふれ、異なる専門分野の人が集まることで知識が蓄積されていったRAUでの事例を紹介した。榊原は、自らがRADとして関わった奈良県での「斑鳩の記憶データベースChienowa Ikaru」を紹介。同プロジェクトは一般家庭に残されたフィルム写真をもとに街の風景を保存するデータベースを作成するもので、写真が「残す」ための手段となった事例だ。都市そのものが時代とともに変わっていく存在であるなか、それぞれの視点から「何を残すか」が模索されていることが示された。

■多領域をつなぐ可能性

その後は質疑応答が設けられ、参加者や三菱地所の関係者を含めてのセッションが行われた。各領域をブリッジする方法について、高須は「SIDE COREではメンバーが役割を固定しないことを重視している。つねに変わる状況に反応できるし、その方が自分たちらしく動けます。メンバーそれぞれも個別のアーティストとしても活動しているので、stand aloneな姿勢でありながら多領域とつながれるのが良いのでは」と提案。榊原はリサーチのプロセスをシェアする可能性に期待し、「パッケージされていない情報をシェアする場があると、面白い展開が期待できそう」と話した。また毛井は、「都市開発の成果が出るのは何十年後の未来。多くの接点をつくれば、それが見た人の心に響き、これからの街に波及するかもしれない」とコメント。遠い未来を射程とする分野だからこその、短期的な成果にとどまらない協働の可能性を示唆した。

社会学を専門とする角田がアートに関心を持ったのは「新しい意味や世界の解釈を生み出してくれることへの期待」があったからだという。そうした背景から、今後アートが持ちうる可能性について、現在の社会を変えたいときに、アートは本質的な問いを投げかける刺激や力になる」と語った。それを受け、最後は小山が「まちづくりに関わる人には街をよくしていこうとする視点があり、アーティストにはまちを批評的に見るまなざしがある。まちづくりの領域にアートが関わることによって、想定外のことを起こすという意味でのバタフライエフェクトが期待できるのではないか」と話し、幅広い分野の人が関わるYAUという場の今後の展開に希望を託して、議論が締められた。

人の営みから歴史・科学まで広がりを持つ「都市」というテーマを媒介としてプレイヤーが集った今回は、終始オープンな雰囲気で議論が進行。街をどのように捉えるか、それぞれのリサーチ方法を語り合うなかで、差異はもちろん、専門領域を超えた共通点や、共感するポイントも多く発見されていたことが印象的だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?