死蔵データGP 2022-2023 制作後記「終わらない盆踊り」
皆さんは「死蔵データGP(グランプリ)」をご存知だろうか?
「SNSにアップロードされていない、かつ誰にも見せていないデータ(=死蔵データ)」のコンペティションで、優勝データには現金10万円が進呈される風変わりな企画である。
https://katakishi.com/sdg_final_battle/
仕掛け人は(主に美術)作家複数人で運営されるマテリアルショップ「カタルシスの岸辺(以下、カタ岸)」だ。
254件の応募データは73名の審査員による8ヶ月間の予選審査と、決勝戦 ROUND1(WEB投票)を経て10件にまで絞られ、2023年3月25日、有楽町ビル10階に居を構える「YAU STUDIO」にて最終決戦(決勝戦 ROUND2)が行われた。
イベントは異様な熱狂とともに大団円を迎えたが、本記事では企画やイベントの詳細には触れない。
(※なぜなら きりとりめでる さんがartscapeに寄せてくださった店評に詳しいので…! 読みましょう!)
ここでは制作後記的に、有楽町で過ごした日々を振り返ってみることにしよう。申し遅れたが、カタ岸「店長」の荒渡が筆を執る。
最終決戦、設営前夜
「死蔵データGP」は漫才のコンペティションである「M-1グランプリ」をイメージソースとする部分が多くあり、舞台装置もマスメディアのバラエティ番組を意識している。
しかし会場である「YAU STUDIO」には当然、ステージや客席があるわけでも撮影・配信ブースがあるわけでもない。
ということで、我々はその全てを自前で用意すべく、職場や知人の縁をフル活用し、山賊さながら強引に資材・機材をかき集め、催事場をゼロから構築していったのである。
結果、2tロング車とハイエース2台分が満載という、異例の物量がオフィスビルの一室に散在することとなった。
翌日この光景を目の当たりにした運営スタッフの皆さんは心の底から心配になっただろうと思う。私も心の底から動揺した。本当に捌ききれるのだろうか?
しかし、254件の死蔵データを預かってしまった時から既に退路はない。「YAU STUDIO」での設営が始まる。
「設営」という時間の中で
設営期間は一週間。
この間、GPの制作スタッフは連日10名弱が「YAU STUDIO」に詰めていた。「設営」とは言うが、造作物や内容の細部は現地で組み上げていったので、「制作」と言い換えた方が正しいだろう。
スタジオ内で会場となる区画の鍵は私のみが保有していたので、日々の解錠は自然と私が務めることとなった。カタ岸スタッフ達を待つ間、掃除や間食、飲み物の用意をしながら1日の計を練る。
しかし間食一つとっても侮れないのだから、集団制作というものは面白い。甘いもの、塩辛いもの、食感が柔らかいもの、固いもの……細かい変化でリズムをつけるのが制作時間を「ご機嫌」に過ごすコツだ。
更に集団制作中の飲食に関して言及するならば、流石はサラリーマンの町、有楽町。ランチタイムの可能性は無限大である。
まず、「YAU STUDIO」が構える有楽町ビルの地下1階には飲食店街が軒を連ねている。そして13時を過ぎればテイクアウト用に飲食店が作り置いている弁当類は値引きが始まり、安価で美味なる昼食を毎日のように食すことができる。
この様な話は決して蛇足ではない。
制作の追い込みというのは、体力や集中力というリソースをいかに焦点を合わせて出力するかで仕上がりが変わってくる。限られた時間の中で取れる回復手段は食事と睡眠くらいである。ここをおざなりにしてしまうと、疲労蓄積の加速度は増しに増す。
すると言葉遣いも荒くなり、意思伝達も億劫になり、悪循環の挙げ句に破綻してしまう。
その様な事態は、本番を控えた数日間で絶対に起きて欲しくないのである。
集団制作の現場においては、参加する全員が朗らかに、健やかに、集中力を切らさずに過ごせるよう、制作環境を控制する努力が必要不可欠なのだ。
あの酒盗(カツオの内臓で作られた塩辛)のような風味のある、謎の明太子のパスタが今なお忘れられない。
それはこの時空に存在しない平行世界の明太子パスタのように新鮮な驚きに満ちており、死蔵データに初めて触れる人がそのように思ってくれるならどんなに良いことだろうかと、感じ入ったりもしたのだった。
しかし滅茶苦茶に酒盗風味の明太子、一体どこで仕入れられるんだ……
死蔵データGP 2022-2023 決勝戦ROUND2 最終決戦
そうして慎重に、苛烈に毎日を過ごしてゆけばあっという間に本番の日がやって来てしまい、ワタワタしている間に全てが終わってしまった。あらゆる催事がそうであるように、終わってみるとなんとも呆気ないものであるが、苦難の連続であった日々を思い返すと流石にこみ上げてくるものもある。
だが緊張の糸を緩めることは出来ない。
祭りの余韻などは有楽町の朝焼けにサッ!と焚べてしまい、黙々と準備を始める。グランプリに応募された死蔵データ全254件を販売するショップを、最終決戦翌日よりGP会場にオープンせねばならないのであった。
「マテリアルショップ」であること
そもそもカタルシスの岸辺は「マテリアルショップ」である。
今回の「死蔵データGP」も商品の「仕入れ」と死蔵データ概念の広報を兼ね合わせた企画なのであった。
テキ屋のような対面販売から無人販売まで、様々なショップ営業スタイルを試行してきたが、今回は営業期間も一週間と短いので対面販売スタイルでゆくことにした。
それまでの対面販売と異なる点を挙げるならば、GPの副産物として「死蔵データの売価を即座に査定できるシステム」が誕生したことに尽きる。
「死デ指数最強計算式」の誕生
話は前後するが、「死蔵データGP」において死蔵データはいかなる数値により比較されてきたのか振り返ってみたい。
GPの予選は全24ブロック行われ、全てのブロックに基本3名ずつ審査員がアサインした。総数73人の審査員それぞれが10件程度の死蔵データを審査し、100点満点で点数をつけ、またその審査コメントを寄せる。
つまり、述べ750件以上もの死蔵データへの点数と批評的コメントが収集されるという驚異的な現象が起きてしまったのだった。
この莫大なデータを精査すること、つまり審査に影響したであろうキーワードの抽出や、審査傾向のマッピング、点数増減の因子の推定などを通し、最終決戦で使用された計算式(仮に「死デ指数最強計算式」と呼ぶ)を組み立てていったのであった。
最終的に、死蔵データの評価を左右するキーワードは17個抽出され、それぞれの3段階評価が「死デ指数最強計算式」の因子となる。
そして最終決戦参加者の全員の鑑定結果(1000枚近くのマークシートとウェブ上の応募フォーム)を集計することによって、栄えある「死蔵データGP 2022-2023」の優勝データを選出するに至ったわけである。
「死デ指数最強計算式」は死蔵データの査定システムへ
この「死デ指数最強計算式」はショップ営業時において、売価の定まっていないデータの査定にそのまま援用されることとなった。
それまで「あーでもないこーでもない」と煙に巻いてきた死蔵データの値付けが鮮やかに行われてゆく光景は異様な迫真性があり、ショップとしても一つ上のステージに達したような感慨が確かにある。
5年をかけて行ってきた「マテリアルショップ」の営業活動は、本企画を経てメジャーアップデートを遂げることが出来たのであろう。
ただ、同時に失ってしまったものがあるかも分からない。
これまでならば対話を重ねながら売価を決めてゆくなど、死蔵データについて共に考える時間を来店したお客様と共有する場面も多かったように思う。
そうした共犯関係にも似た交流こそがパフォーマンスとしてのショップ体験を担っていたようにも思うが、今回は査定があまりにもスムーズにゆくものだから、そのような「遊び」が若干失われてしまったような気もする。
昨今、大手飲食店チェーンではタッチパネルや自前のスマートフォンで注文をする機会が増えている。とても便利であるし、明朗会計で良い。
しかし、私が敬愛してやまない大手イタリアン外食チェーン店は経営効率化を徹底化してゆく中であっても、店員の皆さんは英数字のみが記された「注文表」をデコードし、メニュー名を正確に読み上げ顧客と確認し合う。必要以上にパフォーマティブだ。
死蔵データの魅力についてお客さんとダラダラと雑談をするような時間がサイ◯リヤのメニュー読み上げに比肩する何かだと思っているわけではないが、そうした余剰にこそ死蔵データはすっぽりハマるような気もするし、「上手くやり過ぎること」はデータに対してどこか冷淡であるように思えるのだ。
終わらない盆踊り
そんな内省をしているうちにショップ会期も秒で過ぎ去り、搬出も滞りなく完了。まるまる一年をかけて開店準備をしてきた「死蔵データGP」は終幕を迎えた。
そして、この文章をしたためている2023年5月末日現在、驚くべきことにまた性懲りもなく開店準備をしている。
終わることのない店開き。その度に美味いご飯を食べたり、温泉に入ったり、自分たちの機嫌を取りながら死蔵データに奉仕をするのだ。
さて、そろそろ冗長な独白にも飽いた頃であろうか。最後に「死蔵データGP」のエンディングテーマソングである「KATAKISHI音頭」の歌詞を引用して筆を置くとしよう。
死蔵データがいつか安寧の地に辿り着けるよう、私たちカタルシスの岸辺は何度でも看板をかけ直し、踊り続けようと思う。