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新たなアートの現場で、いかに働くか?──ART JOB FAIR「有楽町アートアーバニズム(YAU)が考える『まち』と『アートマネジメント』」

2024年1月27日、文化芸術に関わる仕事をテーマに開催されたジョブフェア「ART JOB FAIR」のなかで、YAUの運営を担当するマネージャー3名によるトークイベントが行なわれた。

トークイベントのタイトルは「有楽町アートアーバニズム(YAU)が考える『まち』と『アートマネジメント』」。YAUの運営マネージャーとして東海林慎太郎、金森千紘、小森あやの3名が、YAUの活動とアートマネジメントのあり方をめぐる対話を繰り広げた。

東海林と金森は現代アートを中心に、小森はパフォーミングアーツを中心に幅広いキャリアを重ねてきた。ほかにもYAUには2名の運営メンバーがおり、全員の多様なバックグラウンドがプログラムづくりにも生かされている。

トークでは3名のキャリアやプロジェクトを紹介。仕事を続けていくために各自が大切にする考え方や、YAUという場の持つ新しい可能性がひもとかれた。

当日の模様を、アートの書籍も数多く手がける編集者の今野綾花がレポートする。

文=今野綾花(編集者)


■「経験のパーツ」を現場ごとに組み合わせる

イベント冒頭では、東海林、金森、小森が自己紹介をかねて、自身のキャリアや関心について説明した。

左から2人目より、スピーカーの小森あや、金森千紘、東海林慎太郎。一番左はYAU運営メンバーの森晃子 Photo by Masato Oyachi 写真提供=ART JOB FAIR

東海林のキャリアのスタートはNPO法人AIT(アーツイニシアティヴトウキョウ)だ。アーティスト・イン・レジデンスやプログラムの運営、企業と協働するアートプログラムやアワード、コレクションといった活動に携わってきた。並行して都内のコマーシャルギャラリーANOMARYにも勤め、アーティストのサポートやアートフェアの出展も手掛けたという。YAUに参加してからは、運営に加えて、フリーランスのコーディネーター(リエゾン)として、アートに関わる多様な人々のあいだで橋渡し役を務めている。

大学で建築を学んだ金森は、数社の企業に勤めたのち、現代アートのギャラリーに就職した。オーナー以外にスタッフは金森1人という体制で、8〜9年にわたってアーティストのマネジメント、展覧会の運営を行い、自分の企画も担当していた。その後はフリーランスとして、YAUの運営や個人のアーティストのサポートを行なっている。

パフォーミングアーツを専門とする小森は、アーティストのアトリエのスタッフとして働き始めたのち、舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」の運営に携わり、その後、京都の劇団で制作を務めた。ふたたび東京に戻ってからはものづくりを主とした企画制作会社でプロジェクトマネジメントを手がける。現在はフリーランスのアートマネージャーであり、一般社団法人ベンチのメンバーとしてYAUの運営に関わり始めた。キャリアの幅広さゆえに仕事にハードルを感じなくなったといい、「いままでの経験のパーツを現場ごとに組み合わせる感覚で働いている」と語った。

2024年1月27日〜28日に開催された「ART JOB FAIR」(会場=東京ビル TOKIA 西側ガレリア)の様子 Photo by Masato Oyachi 写真提供=ART JOB FAIR

■YAUとアーティストが協同するおもしろさ

続いて、トークは3名がYAUで関わってきた活動のプレゼンテーションに移った。

東海林はYAUのスタジオを拠点としたサロン形式のトーク「YAU SALON」を紹介した。「YAU SALON」はYAU STUDIOの移転を経て、現在は国際ビル7階、オフィスフロアの一角で行なわれている。アートに関心のある行政や企業、ビジネスパーソンへの門戸を広げるため、関心の間口をなるべく多くつくることを心がけており、話し手にも、アーティストに限らず、アートを支える仕事をする人々を多く迎えている。アーティストと研究者を招いて科学的見地からアートを考える試みや、まちあるきツアーといったアクティビティと絡めた実践もなされているという。

2024年2月14日に開催されたYAU SALON vol.21「街の中の私たちを再考する 05_報告とディスカッション」の様子 Photo by Tokyo Tender Table
2023年2月1日に開催されたYAU SALON vol.7「まちあるき」の様子 Photo by Tokyo Tender Table

金森はYAUが大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアで2023年9月に実践した「『搬入プロジェクト 丸の内15丁目計画』〜ラグビー日本代表にエールを〜」について説明した。パフォーマンス集団・悪魔のしるしによる「搬入プロジェクト」(ある空間にあわせて「入らなさそうでギリギリ入る物体」をつくって搬入するプロジェクト)は、大丸有エリアで働く人々にアートを目撃、体験してもらう方法として企画された。実施にあたっては各種申請や道路の使用許可といった金森にとって未体験の手続きも必要になった。

当日は2時間半かけて丸ビルの前から新有楽町ビルまでの「搬入」が行なわれ、金森は偶然プロジェクトを目撃する通行人やビルの2階から眺める人を見たという。「普段見過ごしてしまう風景に違和感をつくり、人々の心に残したことで、ゆくゆくアートへの関心が広がっていくのでは」と期待した。

「『搬入プロジェクト 丸の内15丁目計画』~ラグビー日本代表にエールを~」当日の風景 Photo by Kazuya Kato
Photo by Kazuya Kato

小森は、ベンチが倉田翠とともにYAUのワークショップから立ち上げたパフォーマンス作品『今ここから、あなたのことが見える/見えない』について話した。倉田は京都をベースとする演出家で、人との関わりのなかから作品を立ち上げていく演出方法をとる。本作品の制作にあたって、倉田は大丸有エリアで働く人に「一緒に話しませんか」と呼びかける、手紙のようなチラシを制作。2ヶ月のワークショップを行ない、大丸有エリアのワーカーである参加者と話して信頼関係を築きながら、作品のかたちに練り上げていった。

ベンチは倉田に対して最初から「ワーカーとともに制作してほしい」とオーダーしたわけではない。YAUを使った制作を依頼した結果、場所や風景ではなく「人」に行き着いたという。このような発想の広がりはYAUとアーティストの協働のおもしろさのひとつだと振り返った。

2022年11月23日 〜25日に東京国際フォーラムで上演された「今ここから、あなたのことが見える/見えない」(演出・構成=倉田翠)より 撮影=前谷開

■職種が違っても同じ場で働ける環境づくり 

後半には、3名によるディスカッションが行なわれた。

東海林は冒頭の小森による喩えを引きながら「YAUの運営はメンバーの経験をパーツとして組み合わせることで実現する。それがYAUの活動の幅広さにつながっているのではないか」と提起した。そして小森と金森に対して「YAUの活動を通じてアートマネジメント観の変化や新たな発見はあったか」と問いかけた。

小森はYAUについて「(作品などの)アウトプットを目的とした場ではなく、その前段階のプロセスが混在している場」と表現した。YAUではつねに場そのものの意義が話し合われており、そうした時間を持つべきとされていること自体が非常に新鮮だったという。スケジュールを前提にアウトプットを組み立てる場とは異なり、アーティストやワーカーと近からず遠からず、互いに責任を負いすぎない関係で働くことが心地よく、新しいかたちの場であると述べた。

Photo by Masato Oyachi 写真提供=ART JOB FAIR

金森は、YAUはなにかを組み合わせて新しいことをする可能性を感じる場であり、アーティストにとって作品の展示や販売とは違う場との関わりが持てる場でもあると話した。金森にとっても知りえなかったことが多く、まだまだ楽しんでやれることがたくさんあると実感を伝えた。

さらに東海林から「YAUならではの難しさ」について言及があった。アートのコンテクストがないオフィスビルという場だからこそ、至るところで可能性を切り開いていくチャレンジが必要になると述べながらも、アートの言語を共有しない環境でコミュニケーションが予測しない方向に転がるのもYAUのダイナミックな一面だと捉え、言葉の伝え方(訳し方)を工夫することで「楽しい」「関わりたい」と思ってもらえるよう意識していると語った。

小森はYAUのスペースに関するエピソードを紹介した。以前のYAUではオフィススペースをロッカーで仕切って稽古場にしていたが、試しにロッカーをずらして置いたところ、スペースを共有するオフィスの人々にも許容してもらえたという。互いに緊張感を持ちながらも雰囲気を共有して働ける「設え」のつくり方に手応えを感じるといい、「職種が違っても同じ場所で働ける環境づくりにチャレンジしたい」と抱負を示した。

金森はYAUのプロジェクトについて、できることがいままでの現場とはまったく異なるとし、人々のあいだに入って互いの納得できる点を探すのは毎回チャレンジだと語った。

Photo by Masato Oyachi 写真提供=ART JOB FAIR

最後に会場からは「こんなふうに働けたらいい」という理想はあるかと質問があった。

小森は「ひとりで働きたくない」と答えた。マネジメントはチームを動かしていく業務だが、それを行なう自分がひとりにならない環境にいたいという思いが常日頃からあったという。困りごとや不安をためこまずに話せる相手をもつことを大切にしており、加えて年齢を重ねて力任せに働けなくなったことを顧みても、YAUの仕事のような定期的な収入があることで、他の仕事にも前向きに取り組むことができると話した。

金森は東京で働くなかで、一時的な出張ではなく、場所を移動しながら働きたいと長らく考えていることを明かした。

東海林はYAUの環境も含めて現在の働き方は理想的だと答えた。たとえ自分自身のキャリアに直接結びつかない部分であっても、表現を支えるマネジメントのあり方が勉強になるのだという。これまでアートを引っ張ってきた世代とこれからアートに関わっていきたい世代が交差できる点も理想だと語った。

今回のトークイベントでは、YAUの内側の視点を持つ運営マネージャーたちがあらためてYAUの価値を語り直すことで、可能性を言語化して見つめ直す契機にもなったように感じた。トークの締めくくりに東海林が述べた「YAUは『横展開』をワン・ビジョンで見られる場所」という一言が印象的だった。アートの共通言語を前提とした空間とはまったく異なる、YAUだからこそ実現し得るアートと社会の関係性の拡張に今後も期待したい。

Photo by Masato Oyachi 写真提供=ART JOB FAIR








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