次世代に力を蓄えてほしい。表現の現場における「ブルペン」はどのようにつくれるか?
YAUでは、定期的に「SOUDAN」と題した相談所プログラムを開催し、表現の現場で活躍する様々な専門家を相談員に迎えて、来場者のアートとビジネスにまつわる悩みを一緒に考えてきた。2023年3月28日に開催された「ブルペンー次世代の肩を温めてる話ー」も、SOUDANの一環である。
タイトルになっている「ブルペン」とは、野球場で次に登板予定のピッチャーが肩を温める場所のことを指す。本来の力を出し切りながらも肩を壊さずに長くやっていくための重要な場所だが、野球から表現の現場に置き換えたとき、過酷な労働と低賃金、ジェンダーバランスなど問題が山積みの中で、私たちは次世代にどのようにブルペンをつくっていくことができるだろうか? また、次世代に向けてブルペンをつくろうとしている専門家たちのケアは誰が担うのか。
そんな問題意識から展開された「ブルペン」には、舞台芸術のアートマネージャーのメンタリングプログラムを行う「バッテリー」、広島でメディエーターの育成プログラムに力を注ぐ「HACH(Hiroshima Arts&City Hive / 広島芸術都市ハイヴ)」、そして様々な企業のアート支援プログラムを構築している「NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT/エイト]」の3組が参加し、それぞれの代表二人が順番にプロジェクトのリアルを話し、今後を相談しあう機会となった。ブルペンのあり方をめぐり、様々な話が飛び交った6時間強――。プロジェクトごとにディスカッションの内容をレポートする。
文=肥髙茉実
写真=黑田菜月
実務的な課題からキャリアアップまで、複数のメンターが徹底的に支えてくれる。Talk 1「バッテリー」
最初にトークを行った「バッテリー」は、アートマネージャーやプロデューサー、コーディネーターなどの舞台芸術分野の制作者のうち、劇団・ダンスカンパニーなどの制作者およびフリーランスにフォーカスしたメンターシッププログラムだ。
バッテリーを代表して参加したメンターの清水翼と、事務局の谷陽歩によると、劇団・ダンスカンパニーやフリーランスの制作者たちの多くは、何か問題が起きた際に解決に向けて気軽に相談し、具体的なサポートを求められるような相手が近くにおらず、あるいはそもそも誰に相談すればいいか分からないなどの障壁を感じているとのこと。
このような舞台制作者をつなぐ直接的な支え合いのネットワークを構築することが、次代の新たな舞台芸術を生み出す一助になると考えて始まったプログラムである。
バッテリーはメンター複数体制。メンティー(参加者)の募集事項は、20歳〜35歳で3年以上の舞台制作者としての経験を持ち、自身の将来のビジョンに不安を抱える制作者やアートマネージャー。
審査を経て選ばれたメンティーは、定期的に(2週間~4週間に1回)・1時間半〜2時間にわたって、劇団・ダンスカンパニーの集客の課題から、報酬・ハラスメント等の労働環境の問題、そして今後のステップアップとしてメンティーに適した留学先の提案まで、具体的なアドバイスを複数のメンターから受けることができる。
※メンタリングを一年間続けた第1期のアーカイブは、公式サイト上で公開されている。https://battery-am.studio.site/
そんなバッテリーの事務局スタッフとして登壇した谷は、1994年生まれの舞台制作者/アートマネージャーでもある。メンティーと同じ目線から、20代〜30代前半のキャリアに悩む人や舞台芸術の仕事に関心を持つ人が、自らこの業界でステップアップのための出会いの機会を発掘するのは難しいと話す。
人材育成を担うエキスパートは希少。
メンターにのしかかる負担を解決したい
一方で、メンターの清水からは、バッテリーが抱えている課題も挙げられた。
清水曰くメンターへの報酬は年10〜20万。第2期は助成金が減額されたためさらに苦しい状況となることが想定される。直接的なネットワークの提供によって、次世代を育成する理想のブルペン的なプログラムでありながら、運営側は助成金だけに頼らない自主財源の調達のために、今後どのように事業化していくのか、どうすれば持続可能なプログラムになるのか、数字と言葉の強度を問われている状況だという。
質疑応答の時間には、メンターの労働と報酬がまったく見合っていないことについて、メンター側のモチベーションはどう保たれているのかという質問も飛び出した。
日本のアート業界は、美術館・博物館、劇場の教育普及の人員が少なく、ソフト面での人材育成ができていないことが弱点とされてきた。そんな状況を打破して、次世代の制作者たちが集中して表現に取り組み、舞台芸術の業界全体を活性化していくために、バッテリーは人材育成の課題と向き合っている。
可変的な場づくりの工夫
この日のトークは、各プロジェクトごとに90分のトークを3回繰り返し、最後にまとめのディスカッションを行うタイムテーブルとなっていた。
そして、野球の走塁を意識しているのかトークの場所も各プロジェクトごとに横へずれる。登壇者と参加者は自然と混じり合うような形で各々好きな場所へと移動していった。
ホワイトボードの板書は各トークの場所に残されているので、休憩時間に眺めに行って議論を振り返ることもできる。質疑応答が盛り上がるリラックスした雰囲気は、この可変的な場づくりの工夫によってもたらされているのかもしれない。
芸術と地域との繋ぎ手を育成しながら、独自のプラットフォームをつくる。
Talk 2「HACH(ハッチ、広島芸術都市ハイヴ)」
トークは、バッテリーからHACH(Hiroshima Arts&City Hive / 広島芸術都市ハイヴ)に交代。HACHは、広島市立大学が文化庁の大学における文化芸術推進事業の助成を受けて、芸術と地域との繋ぎ手(メディエーター)を担う人材を養成しているプロジェクトだ。
https://hiroshima-artscene.com/galleries/hiroshima-arts-city-hive/
トークは、代表の石谷治寛から、一般的にはまだ馴染みがないメディエーターという職能についての説明から始まった。
蜂どうしが協働して一時的に巣を創りあげるように、街中に空きスペースを見つけては場づくりし、芸術実践の可能性を広げていこうと試みるHACH。初年度の活動の軸となっているのが、「(アン)モニュメント・プラットフォーム」「カタログHiroshima1894-2025」「都市介入ワークショップ」「HACH Forum」の3つのプロジェクトで、それぞれ「HACH Forum」と題したシンポジウムを行った。
アーカイブを通じたコミュニティ形成。HACHが模索する街とアートのつなぎ方
「(アン)モニュメント・プラットフォーム」は、広島の街中に設置されている数々の野外彫刻・展示物や慰霊碑、建造物を見てまわり、参加者と一緒に都市の歴史や郷土を学びながら美術作品の設置や意図、方法について考察するもの。
HACHを代表して石谷と登壇した事務局の板井三那子曰く「駅前の広場などを実験的に使い、モニュメントのあり方や公共性を考える対話型鑑賞によって街に介入するキュレーションの力を磨いていく」試みだという。彫刻科の学生が駅前に彫刻を設置したり、店舗に平面作品を展示するなど、地域のエリアマネジメントや芸術団体との協力で街に介入する芸術実践を試みた。
(※コロナ禍も明けつつあった2022年末には、最初のシンポジウムでは学内・学外から80人ほどの参加者が集まるほどの盛況となった。)
「カタログHiroshima1894-2025」も同じく、広島の様々な記録や歴史的資料に焦点を当てたプロジェクトだ。それらを横断的につなぐための年鑑の編集を構想することで、重要な資料が十分に整理されていなかったり、良い状態で保管されていなかったりなどの課題を知り、より良いアーカイブについて考える機会としている。
「都市介入ワークショップ」では、内外の都市介入を行う芸術について調査するとともに、集合住宅基町アパートメントに介入するための什器の作成ワークショップを建築家やインストーラーとともに行った。
シリーズ展開しているシンポジウム「HACH Forum」は、これまでに「①街に介入する芸術とその公共性を考える」「②広島の文化芸術の歴史を振り返り、歴史を創る」「③まちとアートをつなげるハブ」の3回を開催。広島を拠点に活動を行うアーティストやデザイナー、彫刻家、美学・芸術理の研究者などをゲストに迎え、制作者の視点から、公共性についての議論を展開してきた。
当初からコンセプトに掲げられていたメディエーターの養成に加えて、文化芸術の資料を通したプラットフォームやネットワークの創出に力を注ぐHACH。ワークショップには、ビジネスパーソンから銀行員、占い師まで幅広く多くの市民が参加し、参加者の多様性が高いゆえに「メディエーター」という役割の広がりに苦労しているようだ。
会場からは、様々な参加者をメディエーターと仮定しながらプラットフォーム創出を試みるという、二つのプロセスを同時に進行する難しさと面白さの両方が指摘されていた。
20年以上にわたって展開してきた独自の教育プログラム。
Talk 3「NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT/エイト] 」
最後は、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]から、理事長でありディレクターの塩見有子と、キュレーターの堀内奈穂子が登壇。
AITは、2001年に現代アートに興味関心を持つすべての人が学び、対話し、思考するプラットフォームづくりを目指して立ち上げられた。立ち上げ当初から20年以上にわたって実施しているアートの教育プログラムには、開講以来2000人以上が参加。
近年は自身の意識を固定観念や秩序から解脱させた自由な状態でアートを体験するような宇宙意識のプログラムや、2016年からは子どもや若者とともにアートを学ぶdearMeプロジェクトを立ち上げた関係から、児童養護施設の子供たちとのアートプロジェクトを通じて、メンタルヘルスとアートの関係性を探るなど、様々な内容が組まれている。キュレーターの堀内は次のように話す。
最初の頃は参加者の90%が20〜30代の女性であったが、その後は高校生から87歳まで幅広く参加し、受講者同士が協働してアートスペースやプロジェクトを立ち上げることもあるという。AITの教育プログラムは、そういった新しい動きを生み出す土壌作りにもなっていると二人は振り返った。
企業とアーティスト、それぞれのニーズを的確に捉えたコミュニケーションデザイン
そんなAITを特徴づけるもう一つの活動が、コーポレートアートのコンサルタントだ。
自由な発想や潜在能力を引き出したいという企業のニーズに応えて、社員研修としてGoogleArts&Cultureを使った深い観察のワークショップを企画するほか、企業とアートのよりよい関係を探るようなコンサルティングを行っている。
例えばマネックス・グループとは、15年にわたって、現代アートの分野で活動する新進アーティストを対象に、会議やインタビューを行うプレスルームの壁面に描く平面作品案を一般公募する『ART IN THE OFFICE』プログラムを続けてきたという。
また、次世代アーティストの支援・育成を行う「三菱商事アート・ゲート・プログラム(MCAGP)」についても、2021年度のプログラム刷新の際からアドバイザーを務め、選抜されたアーティストには資金援助だけでなく学びの機会やメンターシップを提供できるように交渉した。
企業とアーティストそれぞれのニーズが衝突してしまうことも多いが、こうして二者間を繋ぐメディエーターとしての役割を果たすAITから学ぶことは多い。
集まることからつながるもの。6時間強のディスカッションを経て見えた課題と展望
それぞれ拠点が異なる3組のディスカッションを通して、持続可能なプロジェクトにしていくための資金調達の問題や広報の難しさ、運営そのものや運営メンバーのケアといった実務的な課題のリアリティが浮かび上がった今回の「ブルペン」。
登壇者どうしがフィードバックし合うために設けられた最後のセッションでは、今回のように多拠点のメンバーが一堂に会する機会をつくるなど、全国各地の舞台芸術の状況が見えるネットワークを結べるといいのではないかという話が展開された。
具体的な今後の展望として、最後にバッテリーのメンターである清水の発言を紹介する。
今後の「SOUDAN」について
YAUではSNZの運営による「SOUDAN」を開室中です。
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■執筆
肥髙茉実
ライター。2018年多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業。18年4月より広告や雑誌・書籍、テレビなど、領域横断的な言葉の仕事を開始。ウェブ版『美術手帖』をはじめ、『tattva』『i-D』などのカルチャーメディアを中心に企画と執筆を担当し、昨今はアートや教育、まちづくりといった企業のサポートなども行う。
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