見出し画像

消費社会から循環社会へ。今、企業に求められるアーティストの眼差し——YAU SALON vol.23「アーティストと考える、都市における素材のサーキュレーション」イベントレポート

2024年3月8日、国際ビル1階のオルタナティブスペース・YAU CENTERを会場に、YAU SALON vol.23「アーティストと考える、都市における素材のサーキュレーション」が開催された。

「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホスト役となって、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わすトークシリーズである。YAUが有楽町ビルから国際ビルに移転したことに伴い、23回目となる今回は国際ビル1階のガラス張りのオープンな空間で開催されることとなった。ゲストはAGC株式会社 河合洋平、ハーチ株式会社 加藤佑の両名。YAUメンバーの中森葉月とともに、企業とアートのコラボレーションの可能性と都市における素材の循環について掘り下げた。

当日の模様を、企業とクリエイターのミートアップでも記事執筆を手がけるライターの吉澤瑠美がレポートする。

文=吉澤瑠美(Polaris Typewriter)
写真=Tokyo Tender Table


「そざいの生態」とは? AGCが模索する、素材をつくる意味

もとは「旭硝子」の名で創業したAGCだが、現在はガラス事業に留まらず化学製品、セラミックス、バイオ医薬品などあらゆる素材を扱う企業だ。今回のゲストである河合は協創推進グループに所属し、受発注の関係ではなくパートナーとして他社との新しいものづくりに取り組んでいる。
 
河合は長らく研究開発部門に所属してきたものの、閉鎖的な世界で新しい価値が見出せないことに課題を感じてきたという。クリエイターとの出会いをきっかけに、デザイン思考やコミュニティ活動によって協創の社内啓蒙に努めるようになった。これが社内プロジェクト「UNOU JUKU」だ。企業活動に従事していると左脳的なロジカル思考に終始し、効率や売上に目が行きがちになり、本来追求していたはずの社会的価値を忘れてしまうことも少なくない。「素材をつくる意味を考えることにはクリエイティビティが必要」と河合は右脳的思考(UNOU)の重要性を指摘する。

AGC株式会社 河合洋平氏

4年間活動した「UNOU JUKU」では、クリエイターと研究員をいかに交わらせるかという協創の方法論にフォーカスしてきたが、2024年1月からはサステナビリティに重きを置いた「そざいの生態JUKU」へと発展しリスタート。何のために素材をつくっているのか、ただ素材をつくって売るだけでいいのか――原点に立ち返り問い直したとき、クリエイターだけでなく生物学者、哲学者など違った価値観を持つさまざまな人とのコラボレーションが必要だと考えた結果の発展だった。
 
溶かして繰り返しつくり直しても劣化しないのがガラスの特徴であるにもかかわらず、多くのガラスは再利用されず埋め立てられているのが現状だ。「これから未来を担っていく素材としてガラスはどうあるべきか、再び考える時期に来ている。この可能性を秘めた素材の新しい価値を、AGCだけでなくユーザーやアーティストとともに探求していきたいです」と河合は語る。
 
そざいの生態JUKUは、地学、生物学、LCA(ライフサイクルアセスメント)、サーキュラーデザインの4つのラボで構成されている。無機的な素材としての視点と有機的な生態系の視点を掛け合わせることで、断絶されてしまっている素材と生態との境界線を曖昧にしながら、地球環境にとって良い素材とはどのようなものなのかを追求する。

また、「そざい」が指すものは「素材」だけに留まらない。祖材、遡材、素財、甦材、礎材など、素材の可能性を考えるとさまざまな字が当てはまる。平仮名表記には、概念を固定せずあらゆる角度から考えたいという思いが込められている。
 
中森は「多くの企業の場合、社会貢献活動は副次的なものとして扱われる。AGCでは事業に直結した取り組みになっている点がユニーク」とこの活動の特徴を挙げる。河合は「個人的な思いが強い」と前置きをしつつ、「ビジネスにしていかなくては会社として立ち行かないが、まず大前提にあるべきはいかに社会的価値を作るかということ。社会的価値を達成するための取り組みを考えるという点で、企業の方針に沿っていると言えると思います」と解説した。
 
河合は「気づかなかった視点、感度の高い考え方への気付きがもらえる」とクリエイターへの期待を語る。サステナビリティの重要性を理解していても、事業収支的に実践を躊躇う企業は少なくない。「未来の状況がイメージできると共感を生みやすくなるのではないか」と語り、クリエイティブによって未来の可視化を助けることに期待を寄せた。

YAU運営メンバー 中森葉月

サステナビリティと経済性の両立は可能か?国内外の事例に学ぶ

もう一人のゲスト、加藤は2015年にハーチを創業。「サステナビリティ」をテーマに事業を展開している。デジタルマガジン「IDEAS FOR GOOD」では社会課題の解決につながるユニークなアイデアやプロダクトを紹介しているほか、複数のデジタルマガジンでサステナブルな情報発信を行っている。また、企業・自治体向けに海外視察のコーディネートやリサーチ、ワークショップを開催したり、大学でサーキュラービジネスのデザイン講座を開講したりしている。

企業がサステナビリティと向き合う際の課題として、「経済性の問題が障壁になることは少なくない」と加藤。解決のヒントとして、オランダの建材プラットフォーム「マテリアルバンク」の事例を紹介した。建造物を素材の銀行として捉え、解体の際に壊さず取り出すことで再利用が可能になるだけでなく、場合によっては素材に付加価値が付くケースもあるという。

欧州では「マテリアルパスポート」という仕組みが導入されつつある。いつ・どこで・誰が・どのように調達した素材かなどの情報が管理されるプラットフォームで、数十年後に建造物が解体されてもデータが再利用の一助となる。このように、海外ではサステナビリティと経済性の両立を担保する新しいビジネスモデルが次々と開発されている。

ハーチ株式会社 加藤佑氏

加藤は「現代社会は、効率的なシステムにマッチしないものを中心から外していくことで経済性を担保してきた」と指摘する。(かつて素材だった)廃棄物、二酸化炭素、人的資源もその一つと言えるだろう。外部化する場所が地球上になくなってしまった今、うまく内部化していく方法を考えるのがサステナビリティ、というのが加藤の考えだ。その点で、今もっとも解像度高く社会を見渡せるのは、効率の枠組みから距離を置いていた文化や芸術に携わる人たちではないだろうか。
 
ガラスに限らず、繊維や樹脂などあらゆる素材が、いかに新しい価値を生み出すかという問題に直面している。色や濁りの入ったガラスに素材のルーツがうかがえるが、反対側を見通すことは難しい。無色透明なガラスならその向こう側は見透かせるが、そのガラスのことは
何も知り得ない。「どちらを『見えるガラス』と捉えるかによって、新しい経済的可能性が広がると思います」。加藤はアーティストの視点への期待をこのように表現した。
 
もちろん、違う視点から物事を考えることには企業自身も取り組む必要がある。特に日本において大きな関心事となっているのは、人口が減少する成熟社会においていかに活動を畳んでいくかという点だろう。数多くの自治体事例を見ている加藤は「オフィスビルの空きスペースを活用していくYAUのアイデアは好例」と評価する。「人口減少を経済的価値に変えるには、観光客を含めた形での社会を想定した伸縮性のあるインフラが求められる。そこに企業がアイデアを足してパッケージ化していくと商機につながるのでは」と提案した。

河合は素材のつくり手として、「特にガラスは量産によって価値が薄れてしまったため、再生する必要がないと認識されている」と現状の課題を挙げる。三菱一号館美術館のプロジェクトで「職人のつくるガラスには再現できない歪みの味わいがある」として旧・新丸ビルのガラスが使われた事例を紹介し、「価値のあるものをつくっていけば、残していこうという考え方も生まれる」と循環社会へのヒントを示唆した。

活発化するアート×ビジネス、AGCとYAUの活動にも期待

会場ではYAUのメンバーもサロンに参加。スピーカーたちの議論を受けて、感想や疑問を共有した。現在まさに進行中のAGCとYAUの共創プロジェクトでディレクターを務める高田は「文化側からの気づきや価値発信はボトムアップでの実現が難しいのでは」と投げかけ、アートの有効性やクリエイターの思いと企業活動との相性について実感を尋ねた。

まさに企業に所属する河合は、「企業のトップに立つ人ほど根本に立ち返る重要性をよく知っているので、事業本来の目的や社会へのインパクトについて考えを持っており、アートへの共感度も高い印象があります」と意外な回答を返す。続けて加藤は「素材メーカーの方は地球と向き合う発想が身についているのか、本質的な考え方を持つ人が多く面白い」と河合に視線を送る。

「サステナビリティの話は、人口が増え資源の制約がある現代社会をいかに乗り切るかという話。いわばクリエイティビティと同義的な部分がある」と、加藤は企業側からアート領域へ高まるニーズにも言及する。サーキュラーエコノミーの推進活動を展開するエレン・マッカーサー財団がアーティスト・イン・レジデンスを実施した例を挙げ、「循環は抽象的な概念で、ビジネスとは違った物の見方が求められる。パートナーとしてアーティストにアプローチする企業も増えている」とアート×ビジネスの動きが活発化し始めていることを示した。
 
AGC×YAUのプロジェクトにも参加しているYAUメンバーの森は「アートの視点を取り入れると、サステナビリティの表現にもいろいろな切り口や可能性があり、取捨選択が難しい」と実践者ならではの悩みを打ち明ける。加藤には「サステナビリティを発信するうえでメディアとして大切にしていること」を、河合には「なぜアートプロジェクトを実施しようと思ったのか」をそれぞれ尋ねた。

加藤は、しばしば皮肉として使われる「東京砂漠」という言葉を例に挙げ、「東京にも砂がある、ガラスがある」とトピックに変換。「丸の内に砂は何トンあるか?」とユニークな問いかけで読者を都市鉱山の話題へ引き込むことができる、と紹介する。難解で深刻なテーマばかりを共有するのではなく、「言葉を分かりやすくすることでプロジェクトの面白さを引き出し、価値を共有することを意識している」とコミュニケーションにおける工夫を解説した。
 
一方、河合が感じていた課題は「自分に何ができるんだろう、と他人事にしてしまっている人が多い」こと。循環社会を身近に感じられること、自分の行動で社会が変えられると思えることを目標に、未来を提示するためのアートプロジェクトであると説明する。「一つの価値観ではなく、余白のある、想像できるものになるとより良い」とアウトプットの多様性にも期待を込めた。
 
AGCとYAUによるプロジェクトは現在リサーチ段階で、磯谷博史、内海昭子の両名が作品制作に向けて取り組んでいる。目処が立てば、この有楽町の街で発表される予定とのこと。今後の発表を楽しみにプロジェクトを見守りたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?